ヤマタノオロチ

グランツーリスモのヤマタノオロチのレビュー・感想・評価

グランツーリスモ(2023年製作の映画)
1.0
車の映像以外に褒めるところがない
グランツーリスモなのか、ヤン・マーデンボローの伝記なのか中途半端。


【予習候補作品】
なし(何も知らない方が楽しめる、ゲームの方も手を付けない方が言い)


↓以下多少のネタバレとマニアックな話、感想になります↓



『良かった点』
・車の描写が良い
実車を使ってサーキットを走らせているだけあって、車の映像が非常に良いです。最近のハリウッド映画はCGではなく、実際に車を用意する映画が増えましたがいい傾向だと思います。

・イースターエッグ
グランツーリスモ(以後GTに省略)プレイヤー向けにいくつかのイースターエッグが用意されています。ヤンの部屋に置いてある過去作のケース(何故が初代とSPORTがない)や走行ライン、順位表示、決定音などのイースターがあったのは嬉しかったです。ただ、これらは「おまけ要素」でしか無く、「本編の根幹」という意味ではゲームとの共通点が無いに等しいです。


『悪かった点』
・ゲームの要素がほぼ皆無
「イースターエッグ」の所で述べたように、ゲームとの共通点がほぼ有りません。ウィキペディアにも「伝記ドラマ映画」とあり、ヤン・マーデンボローのキャリアが物語のベースとなっています。つまり題名こそ「グランツーリスモ」ですが、実態は「ヤン・マーデンボロー物語」になっています。確かに登場する車種は「GT(レースにも参加する高性能車種)」ではありますが、タイトルのロゴはゲームと同一なので車種の意味ではないと思われます。
宣伝の地点で「実話」ということで現実が舞台だとは思っていましたが、ゲームとの関連が「GTアカデミー」とゲーム用の音声収録風景ぐらい。あとは免罪符とばかりにポリフォニー・デジタル(GTの制作会社)のロゴと山内氏役の役者をたまに出すだけ。これでゲームのタイトルを付けるのは、ソフト発売のみの低予算映画が関係のない著名な単語を題名に付けるのと大差ありません。それぐらいゲームとの関係が薄かったです。

・実話要素もほぼ皆無
冒頭に「実話に基づくストーリー」と出しておきながら、「GTアカデミー出身」という事以外は実際のヤンの戦績とはかけ離れています。映画では「なかなか芽が出ず苦労の連続」みたいな感じですが、実際は4輪レース2戦目でドバイ24時間レースのクラス3位を獲得。キャリア3年目でF3の国際レースに選出される程の実力者です。
また、劇中ではニュルブルクリンクのクラッシュを機に活躍した様なストーリーになっていますが、実際にヤンが死亡事故を起こしたのは2015年3月28日のVLN1の耐久レース。ヤンがル・マン24時間でクラス3位になったのが2013年のル・マン24時間。つまり劇中でターニングポイントとされている事故は、実際にはル・マンで表彰台に立った後の出来事となります。史実と比較すればする程、時系列が滅茶苦茶なのが分かるでしょう。
ただ、時系列に関してはフレディ・マーキュリーの伝記映画「ボヘミアン・ラプソディ」でもやっている事なのでまだ可愛いレベルです。エグいのは終盤のル・マン24時間です。
後に詳しく解説しますが、ヤンが出走していないクラスで出走していたり、出してもないコースレコードを叩き出したりとやりたい放題。ここまで来ると捏造と言われるレベルです。

・レース名が不透明
ヤンがGTアカデミー卒業後にレースに出場しますが、このレースが何のカテゴリーのレースなのか説明が全く無い。ステップアップが前提なのだから選手権名ぐらい設定しておかないと、どんなレベルのレースなのか判別ができない。実際の選手権名が使えないなら、せめて架空の選手権名を設定すれば大まかでもレースのレベルが観る側にも伝わる。それこそゲームの方で選手権がいっぱい設定されているのだから「ワールドツーリングカーカップ」や「ワールドGTシリーズ」でもゲームから採用すればいい話。最悪ゲームにもレースでもいい。レースの開催地ばかりで具体的に選手権を出さない以上、モータスポーツファンですら車種だけでレースのレベルを判別することはフォーミュラレース以外には不可能でしょう。唯一レース名が出てきたのは「ル・マン24時間レース」ですが、これですら出場クラスの説明がありません。後で詳しく触れます。
※一応Amazonプライムで一時停止しながら、GT-Rで何のレース出場していたのか解析を試みましたが、やはり無理でした。

・ライセンスも不透明
ヤンが選手権名不明のレースで4位に入賞し「FIA LICENSE」と字幕が出ますが、これも何のライセンスか表記がありません。FIAにはサーキット用のライセンスだけ10以上設けられています。映画の字幕だけでは国内ライセンスなのか国際ライセンスなのかも判別が付きません。ゲーム内ですら5種(後のアプデで1種追加)ぐらいのあるのに、具体的に何も出さないのはあまりにも脚本が手抜き。いきなりでも良いから「FIA IB LICENSE(FIA国際B級ライセンス)」とでも字幕を出しておけば、事故った後にル・マン直行でも辻褄が合う。何故それをしなかったか理解に苦しみます。

・本選以外の描写がない
通常レースでは「練習走行→スタート位置を決める予選→本選」という流れになるのですが、劇中では予選や練習走行の映像が一切ありません。せめて予選のシーンを数秒でも挟めば、観る側に「レースの流れ」が伝わるのですが、それすら有りません。仮に編集上の都合で割愛したとして、ル・マンのセリフがよく分かりません。ヤンとジャックがミュルサンヌストレートでの通信で「ここは何千回も走ってる」「本物は初めてだろ?(字幕では「ゲームとは違う」)」とのやり取りに私は「ヤンはぶっつけ本番で走っているのか?」と困惑してしまった。何故なら練習走行で何周も走っているはずですし、エースドライバーがヤンなのであれば彼に予選を任せるはずです。マシントラブルで練習走行と予選を走れない限り、本選で初めて走るようなやり取りはありえません。仮にマシントラブルで本選まで全然走れなかったのなら、終盤の追い上げどころか24時間を完走する事すらままならないでしょう。

・ル・マン24時間レースの設定が色々おかしい
レース名の所でも触れましたが、日産チームがル・マン24時間で何のクラスで出場しているか分かりません。投入マシンやライバルカーを見る限りリジェの「プロトタイプ3」(上から三番目のクラス)に見えますが、ウィキペディアの解説には「プロトタイプ2」(上から二番目のクラス)とありました。※恐らくヤンが実際にプロトタイプ2で出走していた事考慮しての事だと思います。しかし、劇中で360km/h以上を出している事やコースレコードの3分14秒719を叩き出しているので恐らく「プロトタイプ1」(一番上のクラス)なのでしょう。ところが、これが汲み取れるのはよっぽどのマニアでないと無理ではありますが、予選でも無いのに小林可夢偉選手が持つ予選のコースレコードを本選で記録しているのでマニアはキレるでしょう。こんな設定誰も得をしない。

次にル・マン24時間が開催されるサルトサーキットのコースレイアウト(形状)です。長い事で有名な名物の「ミュルサンヌストレート(ユノディエール)」はちゃんと説明付きで存在するのに、ホームストレート手前の2つのシケインは存在せず。代わりにハンガロリンク(ハンガリーのサーキット)の様な二連続ヘアピン(180度ターン)になっています。こうなると有識者でもどこを走っているのか分かりません。一番メインのレースで架空のレイアウトにされては、詳しい人ほど萎えてしまうでしょう。レッドブル・リンクやドバイ・オートドロームの様に何故実際と同じコースレイアウトで登場させなかったのか疑問が残ります。


『総評』
モータスポーツの関係者に怒られる様な出来で、誰をターゲットにした映画かよく分かりません。
ヤン・マーデンボローの伝記映画にしたが故に現行の最新車種や一昔前の車しか登場せず、とてもゲームファンに向けたものとは思えません。
じゃあモータスポーツファンでしょうか?であればライセンスやコースレイアウト、マシンのカテゴリーのいい加減さは致命的を言えるでしょう。
ではヤン・マーデンボローのファンでしょうか?もし彼のファンに向けたものなら、時系列は別として終盤の成し遂げるもない偉業を盛り込む必要はあったでしょうか?
仮に何も知らない人向けだったとしたら、「グランツーリスモ」「モータスポーツ」「ヤン・マーデンボロー」に関する間違った知識を教える事になります。映画の冒頭に「実話に基づくストーリー」と字幕を入れているだけに誤解を招くは明白でしょう。本作を陸上競技に例えると、オリンピック男子100mの準決勝で世界記録を塗り替えて、決勝で銅メダルを獲る様なものでしょう。「実話に基づく」というフレコミでそんな映画作ったらウサイン・ボルトから訴えられる事は間違い無いでしょう。本作も小林可夢偉から訴えられても不思議ではありません。

本作を見ても間違った知識を刷り込まれるだけで誰も得をしない可能性が高いですが、モータスポーツに触れるきっかけなれば御の字ではないでしょうか?
それ以上の価値を見いだせる気はしません。


『考察』
ではどうするべきだったのでしょうか?
答えは明白、登場人物は全て架空でゲームと同じ様に展開すれば良い。しょぼい車から始めてライセンスを取るのも良いですし、ライセンス土返しでどんどん車を豪華にしてラストステージでは新旧のレジェンドカーやこれから存在するかも知れないコンセプトカーを年代問わず相手にしてレースをする。お祭りみたいにすれば良いんです。だって「グランツーリスモ」ってそういうゲームじゃないですか?TS020とR390GT1が一緒に走るだけでも盛り上がりますし、そこに787Bなんて加わったら最高潮になるでしょう。
Eスポーツが栄える昨今、何であえてゲームを蚊帳の外に置いたのか分かりません。仮にヤン・マーデンボロー物語にするなら、ちゃんと史実通りにスーパーフォーミュラ参戦まで作って欲しかった。
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