ひろぽん

PERFECT DAYSのひろぽんのレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
4.5
東京の渋谷でトイレ清掃員として働く平山は、静かに淡々とした日々を生きていた。毎日、同じ時間に目覚め、同じように支度をし
、同じように働く。その毎日は同じことの繰り返しに見えるかもしれないが、同じ日は1日としてなく、毎日を新しい日として生きていた。そんな美しい生き方をする男の日常を描いた物語。


スカイツリーの見える古いアパートで1人暮らしをしている平山。

毎朝、夜が明ける前に近所のおばさんが竹箒で道端を掃く音で目覚め、畳の上の布団を畳み、部屋で大切に育てている植物に霧吹きで水をかけ、歯を磨き、髭を整え、清掃用の制服に着替え、車の鍵と小銭、ガラケーを持ち家を出る。

家から出たら空を見上げニコッと笑い、家の前の年季の入ったオンボロ自販機でコーヒーを買い、手作りの掃除用具を積んだ車で仕事へ向かっていく。

車で仕事へ向かう車内でお気に入りのカセットテープを選び音楽を楽しみながら、いくつものトイレを掃除して回る。

昼は木々に囲まれたいつもの公園で自然の景色を楽しみながらランチをして、フィルムカメラで木漏れ日を撮影する。

夕方、仕事を終えると自転車に乗り換えて行きつけの銭湯でぶくぶく湯船に浸かり、夜には行きつけの居酒屋でテレビを見ながらお酒を楽しむ。

就寝前は、本を読みながら、眠気に襲われるとそのまま灯りを消し眠りにつく。

休みの日は、本屋で100円の中古本を買い、コインランドリーで洗濯をして、夜には行きつけのスナックでお気に入りのママとの時間を楽しむ。


完璧にルーティン化された毎日が平山にとっての「PERFECT DAYS」であり、毎日何も変わらない同じような日々のようで、平山にとっては外的要因により一日一日が少しずつ違った日になっている。

前半1時間くらいは寡黙な平山のルーティンが描かれ、後半はルーティン化された日々に少しずつ変化が訪れる平山の日常が描かれる。

姪のニコが家出して来ても受け入れたり、職場の後輩が急遽辞めても感情をぶつけて的確に対処するなど、ルーティン化された生活でも変化を恐れず受け入れ行動している。同じ日々なんてないと言葉を口にしたシーンは、自分自身にも言い聞かせているみたいだった。

平山が慎ましい生活をしているのに、全く貧乏人には感じられず、所作全てに品格があると思っていたら、元々上流階級の育ちだからという事に納得した。直接的な描写は無くとも、平山の妹を見れば分かる。何があって全てを捨て今の生活を続けているのか分からないが、それでも幸せそう。でも、心のどこかに大きな悲しみを持っているようにも思えた。

作品全体を通して言葉数が少ないこともあって、それ故に生活音やカセットテープの曲等の音楽や、東京の夜景やスカイツリー、綺麗な街並み、都会の中にある自然等の、どのシーンを切り取っても絵になる景色がとても美しく際立っていた。

平山が選ぶカセットテープの音楽は、全く知らない初めて聴く曲ばかりだが、心地よい曲が多くとても心が落ち着く曲ばかり。

The Animals『House of the Rising Sun』

Patti Smith『Redondo Beach』

Lou Reed 『Perfect Day』
この曲は『トレイン・スポッティング』でも使用されていたが、本作では死ぬには完璧な日ではなく生きるのに完璧な日と、対称的なニュアンスになるというのが、同じ歌詞なのに作品により意味合いが変わるから面白いなと思う。


生活を豊かにしようと色々なモノを+していく人が多いなか、-にして全てを削ぎ落としたSimple is Bestな何もない日常の一日一日が「特別」であり、喜びのある輝かしい人生になっている。

お洒落な近代公衆トイレの清掃、スカイツリーの見えるアパート、下町感溢れる浅草、自然豊かな神社、趣のある古本屋、立ち並ぶビル、通勤で通る高速道路、コインランドリー、フィルムカメラ、カセットテープetc.....
味わい深い景色やアイテムが日本の美しさを表現していてエモい。


多くを語らずとも役所広司のバリエーション豊かな表情だけで感情の全てを表現してしまうのだから本当に素晴らしい。柄本時生演じるたかしの10段階評価で感情を伝えるちゃらんぽらんな役も好きだった。

ラストの役所広司の長回しで、哀愁漂う泣き笑いの表情が全てを物語っていた。


考えるための余白のある作品だと思う。大きな出来事が起こらないから、人によっては退屈で何も感じない人も、彼の生活に心を動かされしみじみ感じる人もいると思う。良くも悪くも、価値観や体験してきた人生の違いによって感性が違うから、観る人を選ぶ映画だと思う。

今あるこの瞬間に、周囲にもっと目を向け、喜びを持って日々を大切にしていけば、さらにこの世界を楽しめるんだろうな。

数年前まではTSUTAYAに映画を借りに行って、本を買い、CDで何を聴こうかと悩んでいたその時間にワクワクしていたのに、今ではiPhone片手に映画も音楽も本もサブスクを使い、写真までも簡単に済ませてしまうからなんだか寂しいように感じる。無いものねだりかかもしれないが、平山の研ぎ澄まされた生活に憧れる。



“今度は今度、今は今”

“木漏れ日”
ひろぽん

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