ぶみ

PERFECT DAYSのぶみのレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
4.0
こんなふうに、生きていけたなら。

ヴィム・ヴェンダース監督、役所広司主演によるドラマ。
トイレ清掃作業員の日常の姿を描く。
主人公となる作業員・平山を役所、公園に住むホームレスを田中泯、平山の姪を中野有紗、平山の同僚を柄本時生が演じているほか、アオイヤマダ、麻生祐未、石川さゆり、三浦友和等が登場。
また、登場シーンは少ないものの、田中都子や甲本雅裕、研ナオコ、モロ師岡、あがた森魚、芹澤興人も出演していたなか、気づかなかったのが悔しいのだが、エンドクレジットで「Parking Officer」役として松金よね子がいたのは、私的にはツボだったポイント。
物語は、日々のルーチンを繰り返しながら、公共トイレの清掃を生業とする平山の日常が描かれるのだが、一階に流し場、二階に居間があるという今風に言えばメゾネットと称される間取りではあるものの、それが全く似合わないアパートに住んでいることを筆頭に、スマートキーはもとよりキーレスすらなく鍵で開ける愛車かつ仕事車、そこで聞くのはカセットテープ、フィルムカメラを持ち歩き、携帯電話はガラケーと、触れるもの全てが昭和もしくは平成のどこかで止まっている平山の生活スタイルは、昭和生まれの私としては、全て理解できたものであり、何とも言えないノスタルジーを感じさせてくれたのと同時に、特にカセットテープを巻き取るために鉛筆でクルクルする仕草には、まさに自分にとってのあの頃を思い出した次第。
そして、仕事中は殆ど喋らず、トイレ清掃を淡々とかつ細部まで拘ってテキパキとこなしていく姿は、まさに職人芸と言えるもので、多くを語らずとも、お仕事ムービーとして、楽しめる仕上がりとなっている。
そんな一見同じ毎日の中で、劇的なことは起こらないまでも、心にさざ波が立つような出来事が少しずつ巻き起こる展開となっており、同じようで同じではない日々それこそが私たちの日常の姿。
とりわけ、柄本演じる同僚が突然辞めてしまい、仕事量が増えた際に、それまで沈着冷静だった平山が声を荒げたシーンは、仕事に対してはプロフェッショナルでも、そこは怒るんだなと感じ、何とも微笑ましく思えたところ。
また、言葉にはなっていないものの、過去には様々な何かがあったであろう平山は、読んでいる本からして知性派であることは間違いなく、そんな平山が選択している仕事がトイレ清掃の中でも、無料かつ高品質で個性的な公共トイレを提供する渋谷区におけるプロジェクト「THE TOKYO TOILET」の一員をチョイスしているのは、鉄道業界で言うならば、例えばクルーズトレインのクルーであったり、お召し列車の運転士であったりと、その中でトップレベルの技術を持つ一握りの人間しか就けないものではないかと感じたところであり、それもまた平山の拘りではなかろうか。
何より、最近のウェス・アンダーソン監督作品や、ダニエル・クワン、ダニエル・シャイナート監督による多くの賞を受賞した某作品のように、情報量の多い会話の嵐やトリッキーな映像で、観る側に思考する隙間を一切与えず、見せられるだけの受動的な作風が全く合わない私としては、台詞だけではなく、演技や映像の端々から滲み出る情報を汲み取ることができ、かつその行間の広さが絶妙な本作品は、まさに対極に位置するもの。
惜しむらくは、平山が週末の楽しみとして通っている居酒屋のエピソードが若干浮いていたのが唯一の難点か。
加えて、平山の乗るクルマがダイハツ・ハイゼットであったり、テレビ中継されていたプロ野球の試合で中田翔がホームランを打っていたりと、奇しくもタイムリーな内容になっていたのも、本作品の引きの強さ。
平山が毎朝買う缶コーヒーの自販機にも、毎日補充している人がいるように、誰もが社会に欠かせないピースであり、同じく役所が元殺人犯を演じた西川美和監督『すばらしき世界』に呼応するようなタイトルである「完璧な日々」を過ごす平山が影踏みをしたり、木漏れ日のように光を受け、また放つ姿を飽きることなく見届けることができるとともに、本作品で平山の姉が乗るクルマのような高額車を高級車と勘違いした挙句、運転席のシートバックを倒し、ストレートアームでステアリングを握って、したり顔で運転するような人々には、本作品の機敏は全く伝わらないであろうと感じた秀作。

野球と宗教は人それぞれなんだよ。
ぶみ

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