ビンさん

つ。のビンさんのレビュー・感想・評価

つ。(2023年製作の映画)
3.8
ロビーに貼り出された本作のポスターに「ぜんぶ。佐賀」とあったのがまず目を引いた。

僕の本業の支店が佐賀にあって、日頃からかの地の言葉も電話越しによく耳にしていたし、一昨年の夏には実際に出張で行かせてもらった。
呼子のイカに舌鼓を打ち、ドライブイン一平の大盛りカツカレーを食べ、お土産に羊羹を買って帰った、って食べることばっかじゃないか(笑)

なので、本作のタイトルについても(「つ」とは、かさぶたの意)、事前にどういう意味か、どう発音したらいいのか訊ねたが、普通に「つができた」と言うらしく、特に発音もなく普通に「つ」といえばいいだって😆

それはともかく、その佐賀の監督が佐賀の俳優を起用して作ったのが本作。
となれば、観光も込みのご当地映画かと思えばさにあらず、かなりビターなヒューマンドラマだった。

主人公の祐樹(山下万希)は高校三年生。
友人関係、恋人関係が思うように行かず、なにより幼い頃から何事も器用にこなす弟に強い劣等感を抱いている。
そして共通試験でカンニングがバレた祐樹は、着の身着のままで山奥へと逃げ込むのだった。
そこで彼が出会ったのは、自給自足で暮らしているコミューンだった。
戸惑いながらも彼らの生き方に共感した祐樹は、自分もそのコミューンに身を投じて行くのだが・・・。

とにかく劣等感の強い主人公だったり、自給自足のコミューンの存在に、観ているこちらも戸惑ってしまう。
コミューンの中には妊娠中で苦しんでいる妊婦や、男共に体を許す女性だったり、それでいて秩序が保たれているのが不思議ではあるが、我々の先祖の原始人の営みも、そういうものだったのだろうと観ているうちに、不思議な説得力に包まれていく。

また、死生観についても、けっこう哲学的なアプローチがあるが、ロケーションの美しさや、実際に自給自足の生活をしている出演者が生の言葉を語るドキュメンタリーなシークエンスもあって、その構成のユニークさに惹かれるのだ。

また、主人公の祐樹のドラマだけでなく、兄が友人たちから暴力を振るわれている現場を目撃しながら、見て見ぬ振りをする弟の姿も映画は拾い上げる。
器用に物事をこなせた弟も、成長する中で様々な出来事が彼を苛む。
バスケットゴールへ何度もシュートを外してしまう弟の描写の繊細さよ。

やがて自分の人生の活路を見出し山を降りた祐樹と、兄に対する後ろめたさゆえ、ある行動に出る弟が融合するクライマックスのシークエンスは、思わずホロっとしてしまう見事さに感じ入ってしまう素晴らしい作品だった。

舞台挨拶では監督のU Inoseさんが登壇。
本作を作るにいたった経緯と、何事も東京中心となっている文化の発信だが、別に地方発信でもいいじゃないか、という監督の姿勢に深く共鳴した。
ビンさん

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