いち麦

ブルックリンでオペラをのいち麦のネタバレレビュー・内容・結末

ブルックリンでオペラを(2023年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

真の良きパートナーを得ることはなかなか難しい。アン・ハサウェイとマリサ・トメイの顔ぶれからロマンスの匂いが強そうな予感がしたが、いい意味で裏切られピーター・ディンクレイジ演じるオペラ作曲家スティーブンを中心に据えた渋味の強い恋愛物語だった。パズルのピースを組み上げていったような作り物感はあったけれど見事な脚本だった。

彼が再びスランプに陥っている理由はパートナーであるパトリシア(アン・ハサウェイ)との関係にあると見た。精神科医である彼女の日常が描かれるにつれ、元患者であった夫への愛には慈悲の心が下地に窺われ、そこはかとない歪な不快さが漂ってくる。ホント、尼さんにでもなった方が良い。パトリシア自身も本音で生きられず微妙にバランスを崩していっている。スティーブンはひょっとすると昔パトリシアとの経緯もオペラにして、再起を果たしていたのかも知れない。そう思えば彼の新作を見たら勘がはたらいて彼女が不安定になるのも無理はないだろう。
パトリシアは心情の底を隠すように殆ど本音を吐かない。アン・ハサウェイは行動や仕草だけでパトリシアの裏腹な内面を表現する演技でドラマとしてとても見応えがあった。

テレザとジュリアン、若い2人の恋愛物語も並走。若いときの結婚で失敗した親を見て自分たちの将来を憂う2人が何とも切ない。一見、別の恋愛物語のように見せながら、カトリーナ(マリサ・トメイ)の魅力をスティーブンが実感するきっかけになったエピソードへと繋げていくのも巧みな展開だと感じた。
テレザの継父トレイはかなり不快だったが、彼の仕事周りまで含め描写が行き届いていた。この継父が偉ぶる南北戦争の撮影現場から若き2人の逃避行が衣装そのままで始まる演出はとてもニクい。

これから新たに始まるスティーブンとカトリーナの関係はパトリシアとの関係とは違って対等な感じで期待が持てそう。原題“She Came to Me”は彼が新作オペラの着想について言及したものだが、そのまま映画の着地に繋がっていた。

映画の中で披露されるスティーブンの現代オペラ2作はブライス・デスナーによる書き下ろし…凝っていてこの映画の別の魅力でもある。登場人物それぞれが全く違う思いに浸りながら、揃って同じオペラの舞台を見る…その顔を順に映し回るパン・カット、小さい曳船の船内を一層親密に見せるスタンダート画角、若い2人がオンラインで切ない会話する場面の2分割画面など印象深い映像も尽きない。

字幕翻訳は高内朝子氏
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