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夜明けのすべてのnetfilmsのレビュー・感想・評価

夜明けのすべて(2024年製作の映画)
4.3
 三宅唱監督の前作『ケイコ 目を澄ませて』はテアトル新宿&ユーロスペースの舞台挨拶の最前列を押さえるほどの熱狂ぶりだったのだが、どういうわけか映画そのものは驚くほど乗れず、岸井ゆきのさんと監督の満面の笑みの写真だけが大写しにして部屋の壁に貼ってある。あの淡々とした筆圧で綴られる聴覚障害者と彼女を支える普通の人々の細やかな暮らしは目を見張るものの、私がボクシング・オタクで無ければスコア4.2はなかった。今作の主人公の藤沢さん(上白石萌音)と職場で彼女の隣に座る同僚の山添くん(松村北斗)とはほとんど私たちと同じ地平に生きる人物で、率直に言えば藤沢さんや山添君に自分自身を重ねる人も多いのではないだろうか?日常の中に細やかではあるが、しっかりと根を張りもがき続けるいじましいごく普通の男女の姿が16mmのフィルムに記録される。都市の電波に怯えながら暮らす我々と似たような人々は心療内科で処方された薬を吞みながら、今日も陽だまりの雑踏の中を勇気を振り絞り会社へと嫌々ながらも歩いて行く。

 クリエイティブではない何の変哲もないサラリーマンの暮らしとはおよそこんなものかもしれない。一生懸命に生きているのにAIのように泰然としていられず、時々無性にバグり、一瞬の勇気だけで優々と境界線を越えてしまう私たちの暮らしがここではどうでも良い暮らしの中に確かに宿っている。それを最も感じたのはシャンプーハットを被った山添くんの様子に、藤沢さんがやおら私が髪を切ろうと一切の因果を背負うあの瞬間の情動であろう。確かに自分で感覚で切るよりも、俯瞰で物事が見られる藤沢さんの勇気ある英断は称賛に値するのだが、美容師でも美容師見習いでもない彼女の勇気はバグ味99%の世界である(それは甘い物を配る藤沢さんの痛々しいほどの気遣い、否、ボランティア精神も同様だろう)。LGBTQIA+のように、様々に枝分かれし分類される精神の病のレイヤーというものは時にまったく毛色の異なる病気に、偶然効く同じ薬が処方されることもあるはずだ。それは山添くんがミスリードした煌々と輝く星座のレイヤーとも無縁ではない。彼が鬱抜けする平日昼間の就業中の自転車の挙動にも明らかだが、遠くから見れば同じに見えてその実、近くで目を凝らして見れば症状も日常も何もかもが違う人たちがひしめき合うように生きる世界で起きた細やかな出来事とその奇跡がフィルムに丁寧に形取られて行く。

 三宅唱監督の無意識か意識的であるかはわからぬが、不器用な上司の栗田和夫(光石研)の不在の弟に斉藤陽一郎を持って来る辺りと、町工場の様子に不意に青山真治の『サッド ヴァケイション』を思い出す。とすればあれは別の世界に旅立った秋彦ではないか?付け加えるとするならば弟の死亡の理由は明らかにされることはないが、彼がプライベートなテープに吹き込んだ散文めいた星の記録で山添くんが正気を取り戻す辺りからも恐らく、藤沢さんと山添くんとおそらく似た症状だったはずである。エンドロールの長回しは三宅唱監督が遂に青山真治の後継というか責任を一手に引き受けた証にしか見えず、ひたすら涙腺が緩んだ。然しながら渋川清彦の大胆な起用と久保田磨希の小学生の息子と美少女の淡いエピソードなど、青山真治の世界観には無かった三宅唱監督独自の世界観も必見で、映画そのものは大したことは何一つ起こらないものの、ここしかない位置にショットがピタッとハマった近年稀に見る邦画の力作であり、文句なしの傑作である。
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