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アダマン号に乗ってのnetfilmsのレビュー・感想・評価

アダマン号に乗って(2022年製作の映画)
3.7
 パリの中心地・セーヌ川に浮かぶ木造建築の船というのがまず狂っているが、四方を杭で打った先進的なアーキテクチャーは母親の羊水の中にいるようにぷかりぷかりと川に浮かんでいる。その横を列車が横切る都市の風景。街が醸し出す文化的な雰囲気が優劣ではなく、何もかもアジアとヨーロッパとでは違うのだ。ユニークなデイケアセンター「アダマン号」はパリの公的機関が運営する精神科医療グループの施設である。精神疾患のある人々を迎え入れ、音楽や裁縫、絵画や作文、踊りやジャム作り、映画の上映会などの様々な文化活動を通じて、彼らの支えとなる時間と空間を提供し、再び社会とつながりを持てるようにサポートしている。医療提供側と患者側とでは常に対話が重ねられる姿が印象的だ。常に市井の人物に目を向けて来たフランスのドキュメンタリー作家として知られる二コラ・フィリベールのカメラは時に対象となる患者ににじり寄る。当然、突然カメラを向けられて人々の反応も様々で戸惑いの表情を浮かべる者もいれば、とうとうと話し出す患者など人それぞれの反応が二コラ・フィリベールのドキュメンタリーの素地を作る。

 フランスの精神病患者たちは何というか自分たちが置かれた立場を恥じていない。妙に清々しい。二コラ・フィリベールはいつも彼ら彼女らの他愛のない会話をやんわりと引き出すのが上手い。彼らの本音の前にうっかりと彼らの素の表情が映し出される。日本の精神病院や心療内科のシステムではどんなに医師が率直でもこのような応答にはなかなかならない。一度心を閉ざしてしまった人々の心を一瞬で解くような最適解などない。それはセーヌ川に浮かぶ木造建築の斬新な作りによるものなのか、彼らの特技を引き出す様に長けているのかはわからないが、様々なハンデを抱えてもなお、自分たちの身勝手な生活を謳歌しようとするフランス人の持って生まれた気質に唖然とする。かくも手前勝手な意見を表明する人々は各々に得意分野を持ち、各々の人生讃歌を口ずさむ。ここで漏れ出すのはカラッとした苦悩であり、その姿は精神病予備軍のレイヤーに居る人々にとっても烈しく心打たれる内容だろう。
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