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コット、はじまりの夏の一人旅のレビュー・感想・評価

コット、はじまりの夏(2022年製作の映画)
5.0
コルム・バレード監督作。

アイルランドの女流作家:クレア・キーガンによる2010年発表の短編小説「Foster」を、ドキュメンタリー出身のコルム・バレードが映画化した珠玉の傑作ドラマで、寡黙な少女と親戚夫婦のひと夏の交流を描きます。

1981年、アイルランドの田舎町で大家族の中で物静かに暮らしている9歳の少女:コットをヒロインにして、母親が出産するまでの間、遠く離れた農場で暮らす親戚夫婦に預けられることとなったヒロインが慈愛に満ちた夫婦との間で絆を育んでゆく様子を見つめたひと夏の青春ドラマとなっています。

家庭に居場所がなく愛情を知らない孤独な少女と、彼女を預かる酪農家の親戚夫婦との束の間の交流を繊細&丁寧に映し出した作品で、優しさに満ちた妻と不器用で口下手な夫との素朴な触れ合いによって夫婦との間で疑似親子のような深い愛情を形成していく少女の機微と心の成長を丹念に見つめていきます。

酪農作業中黙ってどこかに消えた少女を必要以上に怒る夫の姿や、夫のふとした発言によってトイレに籠り泣く妻の姿、郵便物回収のため並木道を往復疾走する少女の日々のルーティーン…といったさりげない日常の描写が伏線となって、夫婦の暗い過去を巡るその後の展開と完璧なラストシーンへと結実していく演出の巧みさもさることながら、無駄な贅肉を削ぎ落した優れた人間&心理描写と胸に迫るシンプルな脚本で観客を惹き込む珠玉の傑作であります。

そして、3人の日常会話で用いられるアイルランド語(ゲール語)や、夫婦が営む農場周辺の自然豊かな環境と柔らかな光彩がアイルランドの片田舎の一風景を切り取って魅せてくれる癒しの名篇で、本作で映画デビューを飾った新星:キャサリン・クリンチと親戚夫婦を演じたキャリー・クロウリー&アンドリュー・ベネットのアイルランド俳優たちの素朴で繊細な演技が一級の輝きを放っています。
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