ウサミ

君たちはどう生きるかのウサミのレビュー・感想・評価

君たちはどう生きるか(2023年製作の映画)
3.9
資格勉強をしていたために、長いこと眠りがちだったフィルマークス。ようやく資格勉強が終わったので、また映画ガシガシ観ていきたいですね。

実はフィルマークスを眠らせていたのにはもう一つ理由がありまして、本作のネタバレを食らいたくない、評価を見ずにニュートラルで本作を観たい、というのがあったのです。

そして今日、ようやく観れました…!
本作は、よかった点と悪かった点があり、それらがちょうど打ち消しあっていました。でも僕の宮崎駿に対する畏怖と過去作への愛があるから、最終的にはプラス。といった作品でした。

まず、残念だった点は、キャラクターの心情描写に、観客として胸が突き動かされるほどの情動を感じることができなかったこと。そして、作品の誰のことも好きになれず、誰にも感情移入できなかった点です。

主人公の眞人の、母への喪失感と、受け入れ難い現実への拒絶、そしてやがて生まれる使命感と、苦難を乗り越えた先にある成長。これらのドラマが、非常につぎはぎというか、その場凌ぎのような印象を受け、彼の物語にのめり込むのではなく、俯瞰して見てしまったのです。

これまで、私が観た作品の中で、宮崎駿の魅力的な主人公というのは、

・シンプルな動機と真っ直ぐな信条を持つ、100パーセント無垢な存在
・観客を作品にのめり込ませる共感性のある、人間らしい複雑な感情を持った存在

のどちらかではないかと思っています。
パズーやアシタカは前者、千尋やキキは後者です。

本作の主役の眞人は、その中間に位置する存在です。どちらの魅力も兼ね備えているなら良いですが、ただ、宙ぶらりんなだけです。

主役が躍動するドラマに共感できず没入しづらいために、本作の魅力的なアニメーションの数々に、どこか「コラージュ感」を覚えてしまったのです。
彼の冒険が、不思議の旅の中で向き合う彼自身の人生が、観客として他人事に過ぎず、心が燃えるドラマを感じなかったのです。

どれだけ、不思議で美しく、意味深い映像を見ても、それが、どこか心をすり抜けていく。そんな寂しさがありました。

良かった点は、それでも、丁寧に徹底的に作られたアニメーションに、好奇心がくすぐられたことです。

感情としてリアルを感じることは無かったものの、やはり、ビジュアルとしての魅力と不思議なものの連続には、胸が躍るものがありました。

しかし、既視感を覚えたのも事実。過去作の繋ぎ合わせと感じた要因は、ここにもあるでしょうか。
『千と千尋の神隠し』や『もののけ姫』、『天空の城ラピュタ』といった名作を想起させる、そんなシーンやキャラクターが多かったです。
しかしそれは、宮崎駿の集大成といった意味合いではなく、あくまで、退屈なファンサービスに留まっている気がしてならないのです。

不思議な世界と、写実の世界を組み合わせるのは、今日本を代表するアニメーション監督となっている新海誠の作品にも多く見受けられます。
しかし、写実というバックボーンがある以上、そこに不思議な世界を組み込んだうえで、観客の心を引き込むことができないのであれば、それは感情を伴うドラマではなく、現実世界に割り込む、ただの空想の羅列です。
そこに奥行きはなく、ただ存在しない事象が並べられているのみです。

例えば『千と千尋の神隠し』ならば、そこに少女の孤独と成長といった、普遍的な感情が潜んでいます。
そして、摩訶不思議な世界のどこかに、我々が生きている社会そのものの理が見え隠れするので、映像に没入しつつも、最終的には、自分の心の中の生身の感情が揺れることになるのです。それは、空想の羅列ではなく、不思議に光り輝く現実そのものなのです。

ひかし、本作は、やや「空想の羅列」感を覚えました。
不条理で荒唐無稽な世界の連続は、監督の心情というよりは、ややパワープレイ気味なアニメーションの押し付けに思えてしまったのです。

間違いなく面白いはずなのに、なぜか面白くないと感じてしまう…
そんな時間がやや長く感じたのは事実でした。

ワラワラのデザインは退屈だし、取ってつけたようなシーンやセリフが匂うし…
そして、その印象的なアニメーションの数々が、眞人にとっては、驚くほど無風に感じました。
彼は、不思議な世界をただ漠然と受け入れ、流しているように思えるのです。千尋のように、その不条理に順応する成長というよりは、ただ受容しているだけ。そんな印象を覚えました。
(良い点、といいながら、悪い点を語ってしまいました)

最後に良かった点は、本作が持つメッセージは、私にとってとても魅力的に感じられたことです。
私が、新海誠作品があまり好きになれないのは、世界をフィクションを用いて過剰に美化し、リアリティのないドラマを持たせる部分が、やや逃げ腰な現実逃避に感じ、嫌気が差してしまうからです。

本作が、日本を席巻している新海誠作品に対する何らかのメッセージを孕んでいると感じるのは深読みが過ぎるのでしょうが、本作は、均衡が取れず、美しくない世界こそ、世界の姿であり、そこで美しさを見出すことが力強く生きることだと、そういったメッセージを持っているように私は読み取れました。

世界の美しさを、生きる力強さを、みずみずしく、活力たっぷりに切り取ってきた宮崎駿だからこそ、真っ直ぐに伝えられるメッセージなのだと思います。

その伝え方は、やや個人的には取ってつけたような適当さを感じてしまいましたが…
テーマとしては、素晴らしいものでした。

総じて、悪い部分ばかりが目につく作品でした。
しかし、それだけ真剣に観ることのできる、向き合うことのできる映画ということなのかもしれません。

本作は、宮崎駿が、「やりたいことを詰め込んだ!!理解されなくてもいいから、伝えたいことを詰めこんだ!!」といったエネルギーが満ち溢れた作品とは、感じませんでした。
もしそうなら、もっと彼の芸術に引き込まれ、感動していたと思います。

何か、新しく、今の潮流とは異なるものを…といった反抗心が、この荒唐無稽な作品を産んでしまったのではないかと邪推し、芯から本作を好きなれない自分がいます。
ウサミ

ウサミ