イルーナ

ウィッシュのイルーナのレビュー・感想・評価

ウィッシュ(2023年製作の映画)
2.0
記念すべきディズニー創立100周年記念超大作。
まさに歴史の重みを感じる看板を背負って世に送り出された本作ですが……次から次へとネガティブな話題が。
まず、これだけのビッグタイトルでありながら、本国では初登場3位かつ、初週5日間の興行収入は3100万ドル。
製作費2億ドルということを考えると紛れもない大爆死です。よりによって記念作品でやらかしたというのがまた。
さらに内部告発が相次ぐほどその舞台裏はボロボロだったという。
曰く、「実力より人種やジェンダー、性的志向などを重視する人事により社内は活動家だらけになり、優秀なスタッフが次々去ってしまった」とのこと。
事実、私が知る映画レビュー系Youtuberは揃いも揃って酷評の嵐。
予告を見ても歌ばかりで内容がよく分からない、全体的に暗い色ばかりで地味。
そもそも主人公アーシャの願いは「祖父の願いが叶うこと」……って何?自分の願いはないの?
というわけで、色々な意味で期待しながらその実態を確かめに行ったわけですが……

まず出だし。絵本が開かれて物語が始まり、国の成り立ちが語られる。
願いの叶う国ロサス王国は地中海の島に建国され、偉大な魔法使いマグニフィコ王が治めていた。悪くない出だしです。
国民は18歳になると王の元に願いを預ける儀式を受け、一ヶ月に一度、一人が願いを叶えてもらえる。
願いを預けた国民はその内容を忘れてしまうが、多少喪失感は感じるものの願いから解放されて心が軽くなる上、王がいつか叶えてくれると信じているので特に気にしてないという。
……雲行きが怪しくなってきました。願いの内容を忘れているというのに、どうして楽しみに待てる?

王様の弟子になるための面接に参加したアーシャは、王様の本性を知ってしまうという部分ですが……
王様、話の都合に合わせてむりやり悪役にさせられてるよね?
国家機密をペラペラ喋ったせいで反乱を起こされるとかしょーもなさすぎる。
その機密とは願いの選別で、無害かつ国益になる願いは優先的に叶えるけど、反乱分子になりかねない願いは除外と、やってることは至極まっとう。
暴走する前は少なくとも願いを壊す気はなくて、例え叶える気はなくても「預かる」という形で、彼なりに尊重してたはず。
一方アーシャは祖父の100歳の誕生日なんだからこっちを優先してくれと、やけに利己的。そりゃ面接落ちるって!
その後、真相を知ったアーシャがテーマ曲を歌っていると願い星スターが降臨。かくしてアーシャはチート能力持ちを味方につけ民衆の願い解放のために動き出した。
……あの、味方につけるくだり唐突すぎない?普通チート能力持ちはここぞという場面でしか出せないか、性格に難があって扱いづらいなどの制約が課せられるのですが、それすらもなし。
圧政を強いる為政者を倒すという物語の割には、国民は何不自由なく幸せに暮らしているため説得力がない。
しかもパンフによると、物語の舞台は13世紀。この時代と言ったら、十字軍にモンゴル帝国の襲来、レコンキスタ……
世界各国が激動の時代にこれだけ平和な国を築いた上に、障碍者が平等に扱われたり、100歳まで生きられる社会を実現。現代の先進国も真っ青なレベルで福祉が発達してるというオーパーツぶり。こうやって考えると、王様は神様クラスのとんでもない傑物ということになります。
そこから手のひら返しするんだから、民衆は王様目線だと完全に無礼者だわ。
特にアーシャの一家、小説版によると父親を亡くした後は生活保護を受けていたらしい。それを踏まえると、ますます無礼者!
それまで問題を起こさずに国を統治していた名君を失ったロサス王国は絶対内紛でボロボロになると思うよ。
大体、日本には願いについてこれでもかとシビアに掘り下げた『仮面ライダー龍騎』や『魔法少女まどかマギカ』といった名作があるわけで、それらを知っていると安っぽく感じてしまう。

このように、シナリオは粗だらけなのですが、キャラクターの凡庸さも相当なもの。
アーシャは優しい心の持ち主と言われてますが、その辺は掘り下げられない。むしろ逆恨みから活動家と化していく。
デザインは『ミラベルと魔法だらけの家』のイサベラそっくりで、初報を見た時は彼女主役のスピンオフか?と思ったくらい。
キーキャラのスターもまた、マリオシリーズのチコに酷似して絵柄が浮き気味だし。
相棒の子山羊ヴァレンティノは、マスコット枠がチート能力持ちのスターと被ってるせいで食われ気味で、かろうじて山ちゃんボイスで救われたようなキャラクター。もっとも、『シュレック』のドンキーとキャラも吹き替えも丸被りですが……
(口を利けるようになって「俺って低音ボイス?」と言った所で結構笑い声が聞こえましたが、やっぱり声優の力は偉大)
バイト仲間たちも白雪姫の七人の小人モチーフなのは分かりますが、ほぼ全員モブ顔な上オマージュキャラであること以外キャラ付けがないに等しいのばかり。
知恵者ダリア(先生)、皮肉屋ガーボ(おこりんぼ)、唯一美形だったバジーマ(てれすけ)、物語を動かす役目があったサイモン(ねぼすけ)はまだマシな方かな……
逆に黒人のハル(ごきげん)、アレルギー持ちのサフィ(くしゃみ)、まぬけのダリオ(おとぼけ)はマジで出した意味ある?って感じでした。
ここまでものの見事にオリジナリティがない……
そして一番キャラの立ってた王様は、家族を失い独学で魔法を極めたという苦労人で掘り下げがいがありそうなのに、王妃にすら裏切られて何のフォローのないまま終わる。
あの王妃最後にしれっと国のトップになったけど、こういうのは黒幕にした方がよかったのでは。

そしてディズニーと言えば圧倒的な技術力ですが、それすらも劣化している!
本作を観る前に、「馬を走らせるシーンで、脚の動きが描かれてない」という情報が流れてきました。
走る馬を描くのは熟練の技術が必要であり、これが描けて一人前のアニメーターなのだそうです。
ディズニーは天才と超人の宝庫でそれくらい朝飯前だと思っていたのに、ここまで劣化しているのか?!と衝撃を受けました。
実際に観てみると、一応走る動物の全体像は映されてるのですが、カット割りや引きの絵でごまかしてる感がありありと伝わってきました。
しかしそれ以上に衝撃的だったのは、もう素人目に観てもわかるくらいバストアップと顔面ドアップが多用されてること。
おかげでミュージカルシーンすら動きやカメラワークが単調だったりします。
……天下のディズニーが作画コストをここまで削るレベルに落ちているなんて……!
絵面も公開前から散々言われていた通りとにかく地味で、全体的にくすんで華やかさにかける色使いやライティングに加え、手書き風の背景とキャラが浮いてるように感じる場面もあったし、これ本当に記念作品?と言いたくなるくらい地味なものでした。

というわけで、本国で大爆死したのも分かるレベルの作品でした。
ひたすら守りに入った結果まったく尖った部分がなく、観終わってしばらくしたら忘れられてもおかしくない凡作。
予告がほぼ歌だけだったのも、悪役をやたら推していたのも、単純にセールスポイントがなかったからという悲しい事実が見えてきます。
しかもあちらでは完全に『ゴジラ-1.0』や『君たちはどう生きるか』に話題を奪われるという、死体蹴りにも等しい状態なのだとか。
同じ記念作品でも明後日の方向に突き抜けていった『幻の湖』の方がずっと志があるよ。
というか本作の製作期間はたった4か月という信じがたい噂まであるし、これが本当なら少しでも作品を良くしようと努力したスタッフ一同を責めることは出来ない。
同時上映の『ワンス・アポン・ア・スタジオ』ではミッキーに「行かなきゃ、ありがとう。ショーを続けるよ」と言わせてましたが、今後も誰も望まないであろう続編・実写化ラッシュが続くディズニー。
果たしていつまでショーを続けられるのでしょうか。

追記
某所で「王様の願いシステムは、日本人が正月に神社で願掛けするのに似ている」という意見を見て目から鱗でした。
日本だったら別に願いが叶わなくても文句言われなかったのに。ますます王様が不憫だ……(涙)

アニヲタwikiにまとめた記事
https://w.atwiki.jp/aniwotawiki/pages/55397.html
イルーナ

イルーナ