ヨーク

百年の夢 デジタル・リマスター版のヨークのレビュー・感想・評価

4.2
いやこれはすごいもんを観たな。本作は1972年のスロバキアのドキュメンタリー映画で、なんでも16年の長きにわたって国外輸出禁止になっていた作品らしい。なんで国外輸出禁止になっていたのかは知らん。知らんけど、なんかそういうのどうでもよくなるような映画でしたよ。
内容としては72年当時のポーランドとチェコスロヴァキアの国境からウクライナを経てルーマニアに至るカルパチア山脈の東側という、かなりの田舎に取材して現地の暮らしというか、そこに生きている人たちを描いたドキュメンタリー映画である。まぁ田舎で生きている人たちを被写体にしたドキュメンタリー作品というのはままある題材ではあるけど、本作でのそれはいわゆる田舎万歳なものではないし、過疎化していく田舎の現実を問題視して…というものでもないし、都市と田舎を比較してそこにある宗教や経済や文化のあり様の違いといったあれこれが浮かび上がってくる…というようなものでもない。
なんだろうな、実際に描かれているのはド田舎の老人たちが農業にも適してなさそうな痩せこけた土地で僅かな作物や家畜と共に生きているという姿なのだが、スクリーンから受ける印象はそこにある日常や生活、そういった所帯じみた浮世のあれこれからはかけ離れた哲学や深い思索というものだった。いや、正直作中のインタビューでもそんなに大したことは言ってないんだよ。「なるべく滑稽に撮ってくれ、そうしたらみんな喜ぶ」とか「家族で家を建てたが私は住むことを拒まれ、仕方なく森へ入った」とか「天国は楽しいだろうか」とか「若い頃は女に不自由しなかった」とか「家に帰ったら死神がいたことがある」とか。どこまで本当でどこからが嘘なのかもよく分からない老人の戯言のようなことしか言っていない。でも彼らの雰囲気からは何か凄く深いことを言っているような気もしてくる。そして彼らのその立ち居振る舞いや佇まいも本当に素のままなのか、それとも多少なりとも演出が入っているのかもよく分からない。72年当時の東欧の山奥の寒村がどのような感じだったかなんて全然知らないから、それっぽく見えるような演出が施されていたとしても俺には分かんないんだよね。そしてさらに付け加えられるものとしてはそこに生きている老人の顔がある。
どこまでが嘘でどこからか本当か分からないお話があって、そこに何らかの作意が読めたり読めなかったりして、極めつけに人の顔がある。そんなんもう映画でしょ。映画的だとしか言いようがないよ。バチバチにキマってるスチール写真の連続からのたのたと歩く姿につながっていったり、酔っ払って明日には死んでそうなジジイが出てきたり、まるで詩人のような言葉を吐くバァさんが神話的な佇まいで座っていたり、それらは全部今俺が住んでいる東京都内で当たり前の日常の現実だと思ってることからは異界のように観えることなんですよね。それは映画的だとしか言いようがないよなって思ったよ。
知らない場所で、想像もしたことのない生き方をしている人がいる。約50年前の作品なのでそういう人たちがいた、と言った方がいいのかもしれないけど、そういうものを観せられたらもう何も言うことないですよ。実際この映画に対して言えることなんてほとんどない。観ていない人にはまったく説明できない映画だと思う。歯が無かったり腕が無かったり脚が無かったりするジジババとほんの1時間とちょっとだけ一緒にいるだけの映画なんだ。
だから最初に書いたようにこう言うしかないんだよな、これはすごいもんを観たよ、と。願わくばもっと若い頃に観たかったなというのはある。バキバキに感性が研ぎ澄まされている頃に観たら感想文の代わりに詩を書いただろうなと思うね。そういう映画でした。
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