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SHE SAID/シー・セッド その名を暴けのtkykのレビュー・感想・評価

4.0
権力に抗う事の難しさや加害者としての権力の構造的な優位性、そしてそれらによって永久的に生活を侵食される事の恐ろしさを突きつけられた。劇中に現れる被害者たちは一見すると普通の生活を送っているように見えるが、それはハラスメントによって理不尽にかつ不可逆的に人生を変えさせられた人々である事が彼女達の様子から滲み出ていた。
普通に暮らしているように見えるが故に性加害のサバイバーたちの声は真剣に受け止められることがなく、むしろ異常者のように見られる事が本作では描かれている。それを象徴する弁護団とミーガンが対峙する終盤の場面はキャリー・マリガンの表情が非常に繊細で微妙なニュアンスを出していた。ともすれば彼女自身が精神的に屈しかねない状況であるが、彼女の表情にはジャーナリストとしての矜恃が表れていた。

本作は記者2人や被害者たちの日常が頻繁に映される点が特徴的だった。記者と言えど妻であり、母親であるという事が強調されることでジャーナリストも取材される側と同じ人間である事が思い起こされた。メディアは権力を監視する立場でありながら、それ自身が権力たり得る事があるが、本作はミーガンとジョディの家庭での姿を見せる事でメディアが市民の側に立つ存在である事の重要さや本来そうであるべき事を感じさせた。
ミーガンとジョディ、そして被害者の母としての姿に上記の事だけでなく、次世代に向けて声を上げる必要性を感じた。印象的な場面にジョディがSkypeで娘と話す場面が挙げられる。その場面では会話の中で娘がレイプという単語を口に出し、学校で聞いたと話す。ジョディは「簡単に口に出す言葉ではない」とたしなめるが、その後の表情にレイプという言葉が普通に広まっている現状と彼女が取材を通して実感した被害の残酷さの乖離を痛感している事が伝わってきた。字面だけでは理解されない性加害の残酷さを伝える決意をより一層強くしたのではないかと思う。
その他にも被害者の1人が実名で告発することを決意する場面が挙げられる。彼女は3人の子供を育てるシングルマザーであり、癌の手術を控えている事が示される。過去に受けた性的虐待の記憶を押し殺しながら暮らしているところに証言を求める記者がやって来るというのは古傷を掘り返されるような思いだと思うが、それでも自分の証言が自分の子供たちの世代に繋がることを信じたからこそ実名で証言する事を決意したのだと思うし、決意したあとに手術に向かう場面は自分の生死以上のものが懸かっているかのような表情にとてもグッときた。

強いて欠点を挙げるとしたら関連人物たちが持つ情報のインパクトが整理された形で示されないので決定的な情報を得た瞬間のカタルシスみたいなものは無かった。誰がどんな情報を渡したらどうなるのかという部分をもっと整理して見せて欲しかった。

報道が持つ影響力の強さを描いた作品は色々とあるが、本作はジャーナリストや取材対象者の日常を描いた点で、ジャーナリズムが権力に抗う市民に寄り添う立場であることを改めて思い起こさせる良作だった。
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