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VESPER/ヴェスパーのfujisanのレビュー・感想・評価

VESPER/ヴェスパー(2022年製作の映画)
3.6
『この世界観はいつか大化けするかも』

若きリトアニアの女性監督が大規模な自国ロケで完成させた、オリジナルストーリーのファンタジー世界。低予算ながらVFXを駆使した映像は、文明崩壊後の退廃的な的な近未来の世界観を見事に表現していました。



映画の舞台は近未来、生態系が壊れ、荒れ果てた荒野になった地球。
人々は、生きるために数少ない資源を奪い合う生活を送っており、13歳の少女ヴェスパーも自分の血を売ったお金で、寝たきりの父と細々と暮らしていました。

そんなヴェスパーですが、彼女は植物による自然の再生を信じており、近隣の小屋で、密かに植物の品種改良実験を続けていました。

ある日、ヴェスパーは近所の森で倒れている女性を発見。彼女は、数少ない富裕層が住む城塞都市『シタデル』から、遺伝子科学者の男性とともに飛行艇で脱出しようとしていたのでした・・・。



そんな本作ですが、評価が振るわないのは脚本がダメすぎるからですかね。。極端な話、世界観だけなら4を超えると思いますが、脚本だけだと2ぐらいかなという感じでした。
とりあえず良い方から。


■ 美しい世界観

世紀末感漂う荒れ果てた地で、それでもこっそりと植物を育てるヴェスパーは、明らかに、お城の中でこっそりと腐海の植物を育てていたナウシカでした。

ほかにも「風の谷のナウシカ」のオマージュ感がありましたが、深海で妖艶な光を放つイソギンチャクを思わせる花や、タツノオトシゴを思わせる植物など、オリジナリティ感もある美しい世界観でした。

また、植物の遺伝子操作の危険性を訴えるテーマも良かったと思います。

本作で富裕層たちは植物に遺伝子操作を施し、一世代しか育たない=繁殖能力がない種を作ることで、貧富の格差を固定しようとしており、ヴェスパーはなんとかその壁を越えようとしていたのですが、この技術、既にある話と知って驚きました。

アメリカによって既に特許が取得されている遺伝子操作技術は『ターミネーターテクノロジー』と呼ばれ、種子には毒素タンパクを作る遺伝子が埋め込まれており、一世代目は育つものの、花から育った二世代目の種子は発芽とともに毒素により枯れるそうです。

これにより、種子の採取による海賊版の品種が出回らないようにする面もありますが、農家は毎年種苗メーカーから種子を買う必要があり、またそもそも人体への影響も未知数の悪魔的技術。

本作は、近未来SFの形を借りつつ、こうした問題の危険性を訴えてくれるものでもありました。

参考:ターミネーター技術
http://www.inawara.com/nemohamo/words/termin.htm


■ 残念な脚本

一方で、素人の私が見ても、イマイチな脚本でしたが、ポイントを3つあげます。

一つ目は、起承転結になっていないこと。

多くの映画は、世界観の説明からストーリーが進むうちにイベントが起きて、映画としての”ゴール”が設定されます。例えば、世界を救うためにラスボスを倒さないと!、とか、殺された子供の復讐をするんだ!、とか。

観ている方はそのゴールを主人公と共有し、感情移入しながら結末に向かって盛り上がっていきます。

一方で本作は、いうなれば起承承承、みたいな感じ。世界観の説明が延々と続き、うっすら何かは起きるのですが、良く分からないままに話は続き、気がついたら終わった、みたいな感じでした。


二つ目は、演出が出来ていないこと。

例えばこういうシーン。
ある女性が、追手の男たちから追われている。
男たちが追う、女性は必死で逃げる。
そして女性は捕まります。
追手の一人が、金属の焼印を取り出し、女性の手の甲に✕印の焼印を押す。
悲鳴を上げ、泣き叫ぶ女性。

確かに痛そうですが、焼印を押されたらどうなるのか。
それによって、彼女の今後はどうなってしまうのか。
それを事前に知ってると、やばいやばい、逃げろ逃げろ!って感情移入できるのですが、事前説明なく、唐突にこういうシーンがあります。

後半でも、ある女性が塔を登ります。
足場の悪い塔をなんとか登る女性。劇伴もそれを盛り上げます。
足を滑らせながら、手に傷を作りながらもなんとか登る、登る・・・、って
だからさー、なんで登るの?登った先に何があるの?、それを先に説明してくれないと・・・っていう感じ。他にも(以下略😓


三つ目は、キャラクターの背景描写がないこと。

世界観の表現に時間を使いたい!それは分かりますが、登場するキャラクターそれぞれ、また、キャラクター同士の関係性をもう少し説明しないと、訳が分かりません。

寝たきりのお父さんには兄がいて、その人がラスボスっぽい動きをするんですが、姪っ子のヴェスパーには優しい面もあったり、いつでもどうにでもなる寝たきりの弟に対しても苦戦、女性にも組み伏せられたりと、最後まで良くわからないキャラクターでした。


■ 最後に

という感じの、もったいない映画ではありましたが、ある意味、”世界観だけで乗り切ったるわい” な、勢いのある、尖った秀作でもありました。

リトアニア(フランス合作)の英語劇によるオリジナルストーリーのSF映画という珍しさだけではなく、SF系の映画賞を受賞し、配給がつくわけですから、それだけ世界観の評価が高いのではないかと思いますし、観た方が、『駄目なんだけど、どこか引っかかる』 映画なのではないでしょうか。

雰囲気的には続編作りたいアピール満々の終わり方でしたが、世界観は素晴らしいので、しっかりした脚本の続編であれば大化けするかも。

いずれにせよ、新しい可能性を評価したい作品でした。
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