カラン

水彩画のカランのレビュー・感想・評価

水彩画(1958年製作の映画)
4.5
イオセリアーニの短編デビュー作。

ムソグルスキーに『展覧会の絵』という組曲がある。画家の友人が亡くなり、その遺作点での絵画の印象と絵から絵まで移動の情景を音楽にしたと言われている。

本作は貧しいが小さい子供が何人もいる家庭の旦那は働かないが、酒を飲みたいので、妻のためた金を奪って、展覧会に逃げ込むと、学芸員みたいのが客をつれて作品を説明しているところに混ざって、ドタバタ。

☆イデオロギー批判

若い頃、美術館に行くと、マティスの農奴の油絵があった。マティスがこんなダークな絵を描くんだという驚きと、痩せ細って、明るい希望を抱けなかったその時の私を描いてくれたのかと、妙な親愛の気持ちが湧いてきた。しかしこの映画は、そういう美術館での無垢で幸福な自己発見を描いているのでは、ない、と思う。

Filmarksでは、映画内の人物に自分との重なりを求めて、自分がいるなら「分かる」、自分がいないなら「つまらない」とよく、自分探しの体験レビューが散見される。しかしこの映画は、美術館で自分探しをすると何かしら見つかって幸福になれますよ、というたぐいの「芸術のすゝめ」では、ない、だろう。

おそらく、現在ジョージアと呼ばれている国家は旧ソ連の崩壊に至るまで、唯物論的社会主義のイデオロギーで統制されていたわけである。だからこの映画の夫婦は、唯物論的社会主義のもとで無意識下の思想統制を受けるプロレタリアートの寓意なのではないだろうか。

妻の金を盗む夫も、やかましい子供たちを食わせるために必死の妻も、乞食のような身なりで、汚らしい。その人たちが美術館に展示された一振りの水彩を観て、目を丸くする。あばら家の水彩である。ホーム、スイート・ホーム。日本語では、埴生の宿(はにゅうのやど)。

高尚でお金持ちの人たちのもとにある美術作品が、自分たちのあばら家を埴生の宿として承認してくれた。それがあなたたちであるのだから、あなたたちは怒り、立ち上がり、ブルジョアの世界に闖入して、騒動を起こす必要などない。あなたたちはあなたたちでよいのだ。あわてなくとも、このマルクス主義革命が真に実現した社会主義の社会に、あなたたちの居場所は最初から用意されていたのだ。美術館にあるその絵。それがあなたたちのあばら家だ。。。

陶然とした様子で、美術館というブルジョワの領域で、陳腐な絵画空間に取り込まれていく様は、イデオロギーによる制度への取り込みの一部始終として観ると、不気味な様相を帯びる。


Blu-ray。音質はかなりうまくリマスターされている。
カラン

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