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苦い涙のhasisiのレビュー・感想・評価

苦い涙(2022年製作の映画)
3.5
1970年代のドイツ。西部にある巨大都市、ノルン。
40代のペーターは、カンヌにノミネートされるようなアート系の映画監督であり、成功者。
広々とした家に、アシスタントのカールと2人で暮らしている。
紅葉が美しい季節。友人であるハリウッド女優、シドニーが来訪。若手俳優のアミールを紹介されるのだが、彼の美しさに魅了されたペーターは一目惚れしてしまう。

監督・脚本は、フランソワ・オゾン。
2022年に公開されたドラメディ映画です。

【主な登場人物】🏘️🍂
[アミール]若手俳優。
[カール]助手。
[ガブリエル]娘。
[シドニー]女優。
[ピーター]主人公。
[ローズマリー]母。

【感想】🎞️🙍🏽‍♂️
オゾン監督は、1967年生まれ。フランス出身の男性。
1995年に長編デビューしたベテランで恋愛映画の専門家。
本人はゲイを公表しており、同性愛を描いたものが多い。

本作は、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督の1972年の映画『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』のリメイク。
彼自身が戯曲を映画化したもので、家の中だけで展開する恋愛劇。
ペトラをピーターに。レズビアンをゲイに置き換えてある。
彼の戯曲をオゾン監督が映画化するのは、2000年の『焼け石に水』以来、2作目です。

どうして性的対象が真逆のものに興味惹かれるのか? と言えば、根底にある王様願望に強烈に惹かれているから。

🎥〈第1幕〉🛋️
部屋が豪華に。
自然光が美しい、アーティスティックな大きな家が舞台に。
(どうやって掃除するんだ……)

ファッションデザイナーを映画監督に変更。
原作だと部屋中のマネキンによって、人形愛を視覚的に表現しているが、すっきりした寝室に。
性癖が伝わりづらくなる変更だが、タイプライターで口述筆記させる日常と相性がいいので悪くない。
原作だと職業がメタファー以外の役割を果たしていないし、執筆中の監督であれば、作り手の記憶と直結しているので、むしろ改善されている。

主人公、ピーターが強欲な王様を表現するように肥満体に。
演じているのはドゥニ・メノーシェ。
冴えない風の小父さんだが、色気があって絵になる。目つきがエロい。他の人だと白けるだろう、演出にも無理なく対応している。

と言うか、演技が上手すぎて若干ひく。

アシスタントのカールが、がりがり美青年で加虐性を刺激してくる。
(髭はいらない)
演じているのはステファン・クレポン。
原作より人間的で、大きな目で訴えてくる。無口だが台詞も多少はある。
離れた場所に配置される場面が多いので、目で演技できる人が向いているようだ。

尋常じゃなく気が利く。
この辺に、監督の愛情というか、人間性が出ているので、安心感がある。

現代であれば、コンピュータでの音声入力が可能なので、タイピストも必要ない寂しい状況に。漢字の正確性と、筆記速度の進歩には驚くばかりだ。

会話劇のリメイクなんて考えただけでぞっとするけど、原作よりも喋る恐ろしさ。

🎥〈第2幕〉🪑
ピーターが恋する相手、アミール。
上目遣いがエロい新人のハリル・ベン・ガルビアが演じている。
20代後半にしては演技もういういしく、食欲をそそる。
映画の完成度も何もかなぐり捨て、彼を採用したかった監督の欲望が画面から滲みだしている。

俳優に惚れて、主役にしようとする監督なんて、現実の世界にも大勢いるだろう。この辺は原作の、モデルに手を出すデザイナーと通底している。

オーディションは、映画製作の裏側を見せられているかのよう。絵変わりするのはいいが、仕事のようでムードは崩壊する。

なんだろう。監督の私生活を見せられているようで笑ってしまう。
権力を武器に俳優を食う業界のぽっちゃりなんて、脳裏にオタキングがよぎった。

🎥〈第3幕〉🛏️
コメディ色が濃くなる。
原作の若い相手にめろめろな中年の姿、立場逆転を喜劇として捉えているのが分かる。
人を笑わせるのは難しいけど、ドラマのすぐ隣にある。
同じ場面も原作だと官能的だが、それを踏み越えている。

1番の違いは境界線にあると思う。
原作だとカツラや化粧、ファッションによってキャラクターが一体化して、個が消失しているので(それこそ自分自身が人形化するように)中年が求める姿も自然に楽しめるのだが、
本作の場合は個がはっきり分かれているので、わたくしが消えない。

ようするに「ベッドの上では肩書は消失する」が存在していない。
より立場の違いが明確化し、娯楽としてのRP色が濃い。

🎥〈第4、5幕〉📽️
崩壊。
舞台演劇のような演出で。恋愛も視覚でとらえた男性らしい表現。
同じ場面を描いているのに、孤独感が消失。
考えてみれば、原作では何故、家族に囲まれているのに孤独で、失恋で心がバラバラになるような感覚が表現できていたのか不思議。
失恋の実感がこもっていたのはあるだろうけど、技術的なものがあるはず。
主人公を中心にすえつづけたカメラワークだろうか。
みんな側にいるのに、心が繋がっていない感覚が素晴らしかった。

落ちは、経験と照らし合わせているのだろう、映画監督らしい発想に変更。
メッセージ性が整理され、着地点は別の場所へ。
そもそもの問題と向かい合う原点回帰は消失。
その分、映像表現を重視した個性を発揮し、すっきりした味わいに。

【映画を振り返って】☎️⛄
原作を上回るマシンガントーク。124分のまったりした時間を楽しむ映画を、85分に凝縮してある。
(ここまで縮められるものなのか……)
Filmarksのポスターは何故か男女の写真を採用。
近年の監督作品と比べてレビュー数が少ないので、裏目に出ているのかも。

リメイクされるのは2回目らしい。
原作は、お喋り大好き、甘えん坊、失恋経験ありだとぶっ刺さる内容。
さらに、失恋を長く引きずった経験あり、マウンティング大好き、破壊大好き、だとフェイバリットになりえるかも。

リメイクでもない限り、70年代の名作なんて見ない人なので刺激的。「これはいい」「面白い」しか言ってなかった。
原作が良すぎて、どうなるか心配だったけど、おおむね満足。
ただ、コメディタッチな演出によって、ムードは今一に。
とくに各章の終わりに分かりやすい落ちがついて、笑ってしまう。

🖼️部屋が広い。
原作だとカメラを部屋の端におけば、全体が見渡せるほどの狭さ。
何より、ピロートークを思わせるベッドでの対話であり、アンニュイ。怠惰な雰囲気がたまらなかったので、
ソファーで向かい合って会話すると距離が遠い。
ロケの弊害として真っ昼間に。景色が眺められる解放感も、ムード破壊に一役買ってしまっている。

その分、秋から冬にかけての季節が楽しめ、天井の高い冷たい部屋と相まって寒さは良く伝わってきた。

❤️‍🩹失恋の伝承。
原作はゲイであるファスビンダー監督が、男優に失恋した際の体験が基に作られている。
オゾン監督がリメイクするにあたり、やや無粋にも感じるが、女性として女性と恋愛する幻想を取り払い、リアルな小父さんにもどしてある。
主演のメノーシェが、ファスビンダー監督に似せた姿で演じているので驚かされた。

愛する人に捨てられる辛さは本作でも充分味わえるので、ゲイにはこちらの方が好まれるかも。
傷心の痛みを思い出したければ、寂しい監督の部屋を訪ねてみるのもいいかもしれない。
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