砂場

TAR/ターの砂場のレビュー・感想・評価

TAR/ター(2022年製作の映画)
3.6
マエストロと呼ばれるカリスマ指揮者であり、パワハラ・セクハラ野郎であり、私生活では同性愛者でかつ”パパ”としての役目もあるような
複雑怪奇なキャラクターをケイト・ブランシェットが見事に演じている
その天才ぶり、饒舌の迫力には押されっぱなしだった

非白人学生への侮蔑的な授業、副指揮者を切り捨てる冷酷さ、好みの若い女性への贔屓、そして元カノ?クリスタを自殺に追い込んだ疑惑と公聴会での不遜な態度まあ、お世辞にも人格的に好きになれる人物ではないけど、ケイト・ブランシェットの美しさと、存在感で周囲の人々をねじ伏せるようである

マーラーの5番のライブレコーディングが物語の軸になっている、それをめぐってマエストロのターの暴君ぶりがエスカレートして最後は人格崩壊に、、クラシックがテーマなので、大量の情報やメタファーがこれでもかと詰め込まれている。
僕はとてもじゃないが全てを把握できないけど、楽譜の解釈をめぐる哲学的な議論や、フルトヴェングラーとナチの関係、ブーレーズがジャズをユダヤ人におむねった黒人の音楽だとかコケにしたこと、グールド風にバッハを弾くター、マーラーとビスコンティ、アナログ録音、ジャクリーヌ・デュ・プレとエルガーの協奏曲
(個人的にはエルガーの協奏曲が大好きで、特にジャクリーヌ・デュ・プレのチェロはよく
聴いてたので、劇中で若きチェリストオルガがジャクリーヌ風に引くシーンは前のめりになった。)

まあ、監督のトッド・フィールドはクラシック好きなんだろうな、、、とは思わせるものがある。
ただなんといいうか、ズバリ言うと音楽愛を感じない映画であった。
もちろん監督の意図自体が音楽愛を追求するのではないのかもしれない。クラシックの扱いもゴシップ的であり、SNS的であり、指揮者の造形もカリカチュアライズされているし、ジャンル対立などもそう、、、ジャズとかラストのゲーム音楽とかを煽るような作りになっている。
見終わって、ああ音楽っていいよね、、とはならない。音楽ってドロドロしてるよねとか、音楽って戦争なんだね、、という感覚。

例えば「オーケストラ!」とか「戦場のピアニスト」など、ああやっぱ音楽っていいよねとなるんだけども、「TAR/ター」はそういう映画ではない。
監督がそれ目指してないからというのはあるかもしれないが、個人的には音楽っていいよね、、、の部分がもう少しあってもよかったのではないかと思う。
この音楽を突き放した感じ、、チャゼルの「セッション」的だなあ

サスペンス、ホラー的なルックはとても端正でいいと思った。
ただ、謎が散りばめられる前半はかなりの緊張感があったんだけども、ラストに向かうにつれてなんというか謎のための謎が思わせぶりに感じてしまった。
ある程度伏線を回収しようと言う誠実さはわかるが、ゴダールのように謎めいた場面だけ散りばめて回収せず全放置、みたいな思い切りがあってもよかったのかも。

「地獄の黙示録」風な突然のアジア編、白人酋長ものか?これは賛否両論だろうなあクラシックの「闇の奥」はゲーム音楽だったのか??この終わり方は嫌いではない。ただ音楽愛は感じなかった。「音楽そのもの」というより、「音楽論」を見せられている感覚

これだけ、監督には音楽知識もあり描写もこなれているのでもっと音楽そのものを感じさせる映画が
見たかった
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