海さんの映画レビュー・感想・評価 - 3ページ目

エクソシスト(1973年製作の映画)

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こんなに怖い映画がこの世にあるんだなとエクソシストを観るたび思うし、初めて観てから10年は経っているけど、あらためてここまで震え上がったのは今回が初めてだったかもしれない。8本続けて好きなホラー映画を>>続きを読む

リリィ(2003年製作の映画)

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わたしにとって、あなたや世界のことを考えないただ純粋なわたしにとって、本当に大切なものは、未来じゃなくて過去の中にあって、未来がある今じゃなく過去にとりつかれている今の中にあるんだとまた解らされた。1>>続きを読む

THE GUILTY/ギルティ(2018年製作の映画)

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自分のそれまでの人生や、深く関わっている出来事や、今まさに自分を苦しめているものについて、誰かに話して伝える機会はたくさんあるようで、実はほとんど無い。映画の中の人や本の中の人はあんなに他人と自分につ>>続きを読む

蜂の旅人(1986年製作の映画)

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これまで観てきたアンゲロプロスの作品の中で、1番分かりやすくて、1番好きになれない作品だった。アンゲロプロスの描く旅が好きだし、無口で孤独な人たちが好きで、花を持っていたり海へ出る人が好きで、バスに乗>>続きを読む

ニコラ(1998年製作の映画)

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ニコラのように、両親の片方から偏って愛情を受けていたり、あるいはどちらかが明らかに欠陥していたり、また受けてきた愛情自体どこか歪んでいて同年代の子たちと異質な環境にあったり、差し出された手のことは覚え>>続きを読む

夏をゆく人々(2014年製作の映画)

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人が長いあいだかけて踏み固めた土が、とぎれることなく目の前にのびているのを見る、そこは果てしなく広く、見渡すかぎり荒野と真っ青な空が続いていて、不意に痛む身体の奥の方から引き返すなら今だとわたしの声が>>続きを読む

the Future ザ・フューチャー(2011年製作の映画)

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この感覚は私にとって、苦しみと接するほどに新鮮なものではないし、だからといって笑いに代わるほどに操れているものでもなかった。24年で、嫌というほど経験した強い苦しみや痛みはその100分の1も昇華される>>続きを読む

ふたり(1991年製作の映画)

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妹が中学生の頃に集めていた赤川次郎の本が、まともな本棚のない彼女の部屋に代わって今わたしの部屋の本棚に並んでいて、そのなかに『ふたり』もあった。ふとそれを思い出して、妹を誘って一緒に観た。服かわいいね>>続きを読む

害虫(2002年製作の映画)

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死にたさと生きていたさは比べられないと言った。それが悲しいとか苦しいのことなのか、重たいとか冷たいのことなのか、わからないけれど多分その全部だった。やさしさとおもってきたものが本当にやさしさだったかど>>続きを読む

クジョー(1983年製作の映画)

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ちゃんと恐ろしいし、原作の再現度も高いし、ホラー映画としてはかなり面白いんだろうけれど、キングの良さって直接的恐怖じゃない外堀の部分にこそ潜んでいるのだと思っているので、もっとその場面やその人物やその>>続きを読む

天井桟敷の人々(1945年製作の映画)

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私の人生をさかのぼって思い出せる幾つかの最悪だった日々と並ぶかもしれないくらい先週はなかなか酷い地獄のような一週間だった。職場である事が起きて、今のこの時代にまだこんな言葉を聞ける場所があるのかと耳を>>続きを読む

台北ストーリー(1985年製作の映画)

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あの街があんなにも美しかったのは、片側三車線をとぎれることなく走っていく車のどれかや、アパートのオレンジ色に灯っている窓の向こうの人影や、大きな声で笑いながら居酒屋から出てくる人たちの誰かや、月光の反>>続きを読む

リトル・ガール(2020年製作の映画)

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これから一生、怒りや悲しみや悔しさで泣くことなく、ただ笑ってこの可愛い女の子と彼女を愛するひとたちが暮らせることを、無理だとは分かっていても祈らずにはいられなかった。まだ7歳のサシャが、あんなに繊細な>>続きを読む

マリアの受難(1993年製作の映画)

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あなたが見ている、この憂鬱な光を、一瞬だって目には入れたくないと思ったし、いつまでも見ていたいとも思った。陽光が窓からなだれこむ時間、されど暗い部屋は暗い部屋のままで、窓辺に立とうが外を見渡そうが何一>>続きを読む

プロミシング・ヤング・ウーマン(2020年製作の映画)

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知らない場所の、ショッピングモールくらい広いトイレに入る夢を何年か前から定期的に見ている。どうやらそこは男女共用のトイレで、この映画に出てくるような安全な感じの微塵もしない男性たちがわらわら集まってい>>続きを読む

左利きの女(1977年製作の映画)

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いつまでも拭い切れない眠気に、春がきたことを知らされて、ひたすら積み重ねてきたことが、一瞬で水の泡と化しても、どうしてもあきらめのつかない何かがそこにあり、わたしはその物の持つ、と想像している手のかた>>続きを読む

カモン カモン(2021年製作の映画)

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わたしはもう大人で、たぶん誰にとっても、母親以外からは大人だと思われていて、確かに子どもではなくて、だからといって大人であると胸を張っては言えなくて、未来をどう考えるかと聞かれれば、やっぱり、言葉にで>>続きを読む

ザカリーに捧ぐ(2008年製作の映画)

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完全な映画で、全く映画ではなくて、正しいのと同じだけ正しくはなくて、ただ私たちが映画を観て感じるものの限度を突き抜けた状態が常にこの映像の中にあって、この極私的な記録が(例え寄る辺のないものだったとし>>続きを読む

ドライブ・マイ・カー(2021年製作の映画)

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iPhoneのメモを整理しているとき、身に覚えのない文章を見つけることがある。自分で書いたはずなのに、誰の言葉だ、って思う。読み進めていると、それをいつ書いたのか、何時頃で、誰といて、どんな気持ちで書>>続きを読む

Summer of 85(2020年製作の映画)

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いつだって夏にしてくれるひとが居た。わたしがそのひとと居たのも、長いようですごくすごく短い時間だったと今はわかるようになった。あの時間に起きていたこと、自分の内側にずっと感じていた変化と戸惑い、あんな>>続きを読む

トウキョウソナタ(2008年製作の映画)

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せかいがうるさいから、静かな部屋でねむりたいと思う。せかいが残酷だから、やさしい音楽をきいていたいと思う。昨日までの自分すべてに意味がなく、明日からの未来に何の価値もない気がして泣きながら歩いたあの道>>続きを読む

ポゼッション(1981年製作の映画)

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これを観れば映画がどんなに面白いものであるのか一瞬で理解できるけど、同時に自分が何者でどれほどの危険の可能性を持っていて自分と自分以外どちらかと言えばどちらが狂っているのか段々と、色々と、全く分からな>>続きを読む

れいこいるか(2019年製作の映画)

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数年前まで毎日聴いていた番組にメッセージを送っていたあるひとのラジオネームを、聴く番組を変えた今でも覚えている。もしかしたら一生覚えているかもしれない。よく聞く男の子の名前が、もうこの世にいない人の名>>続きを読む

BU・SU(1987年製作の映画)

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高3の文化祭、人生で初めてステージに立って歌ったときのことを思い出していた。今はもうほとんど弾くことのなくなったギターをあのときは命みたいに必死で抱えて、今はもうあんまり聴かなくなったアーティストの歌>>続きを読む

憂鬱な楽園(1996年製作の映画)

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ダッシュボードの中のCDに貼り付いている音楽は、今わたしのスマホに何百時間、何千時間と入っている音楽よりもずっと膨大だったのかもしれないと思うんだ。二人が花ならば、咲けなくても花か?と頭の端っこで生ま>>続きを読む

17歳の瞳に映る世界(2020年製作の映画)

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わたしの今までの人生で、何度か経験した誰かとのキスの、そのほとんどが仕方なくだったことを、二人の繋ぎあう手と手を見ていて思い出していた。怒られるかもしれないし、最低かもしれないし、自分が悪いのかもしれ>>続きを読む

あの夏の子供たち(2009年製作の映画)

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夏の風があったから、こんな寒い日にだって、頬がほてるような気がした。映像があって、匂いとか温度が、まるでそこにいるみたく自分の赤くなった鼻先や握ってる両手に届く。言葉があって、なんとなくの感覚とか渦巻>>続きを読む

行き止まりの世界に生まれて(2018年製作の映画)

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思い出の中にいるひとは、どこにいて、どんな顔をしているだろう。わたしはそのひとを、どんなふうに呼んでいるだろう。見える、聞こえる、イメージができる?夜の風にふかれるとき、小さな頃もおなじように浴びてい>>続きを読む

わたしの叔父さん(2019年製作の映画)

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からっぽの心だから、あなただけが満ちていく。それがかなしいこととか、さみしいこととか、足りていないとか、たえまないはずの欲望とか、かわき、わたしが目をそらしている本当のわたしのすがたとか、誰の言葉もす>>続きを読む

ミスター・ロンリー(2007年製作の映画)

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高校生の時に出会って以来、毎年寒くなるとライ麦畑でつかまえてを読みたくなる。メリーゴーランドに乗ったフィービーをベンチから眺めていたホールデンの気持ちを、今も手にとるように想像できて、それどころかわた>>続きを読む

空に住む(2020年製作の映画)

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それが何であっても、捨てたことのある人には、捨てられない人の気持ちが、その瞬間から時間をかけてゆっくりと理解できないものになっていく。そうやって遠のいていく人の背中を何度も見てきたような気がするし、そ>>続きを読む

人生はビギナーズ(2010年製作の映画)

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どうして伝えたいんだろう?わたしを通過していったあらゆるものたち、それゆえここにあるわたしは、あなたと何を見に行けるのだろう?どこまで行けて、どこへ帰るのだろう?目を合わせて、応答を待ってるとき。目を>>続きを読む

秋の理由(2015年製作の映画)

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時間や場所、わたしたちをくるみ動き続けていたそれについて語りつくすことは、一生をかけても出来やしないから、そのなかに居るあなたや、そのなかに居たわたしを、しおりのようにはさむことで、逸る心から飛んで出>>続きを読む

20センチュリー・ウーマン(2016年製作の映画)

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この映画に出てくるすべてのひとが、3年前に観たときよりもずっと自分の近くに感じられて死ぬかと思った。あの頃から、変わりたくなかった心は変わったし、分かりたくなかった気持ちも随分と分かるようになった、ほ>>続きを読む

blue(2001年製作の映画)

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「生まれてこのかたわたしは神さまを、この世の誰よりも憎んで生きてきたはずなのに、今この瞬間、浜辺に立ち、凪いだ海の、黒い夜に染まった塩水の、白く裏返る幼き波を見ていると、神さまはなんて孤独なんだろうと>>続きを読む