海

台北ストーリーの海のレビュー・感想・評価

台北ストーリー(1985年製作の映画)
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あの街があんなにも美しかったのは、片側三車線をとぎれることなく走っていく車のどれかや、アパートのオレンジ色に灯っている窓の向こうの人影や、大きな声で笑いながら居酒屋から出てくる人たちの誰かや、月光の反射する川沿いで、夜の涼しい風に吹かれるときだけそっと目を閉じ、犬と一緒に散歩している知らない人の背中や、わたしが眠る直前まで煌々と白い電気に照らされていたオフィスで、キーボードを叩いたり頭を抱えたりしている疲れた顔のサラリーマンが、もしかすると、ある時点では、あなたの姿だったからなんだろう。今もなおわたしの目に、あの街があんなにも美しくて、あたたかくも冷たくもあって、悲しくて、喜ばしく、残酷で、それでも祝福に満ちているように見えるのは、そこに自分の心の一部が棲んでいて、消化しようのない記憶が、最期の場所をさがしに歩き出すため息を吹き返してしまうからなんだろう。きれいなものばかりではないしわかりあえた言葉ばかりでもないけれどずっとそれがわたしたちの中に残り続けて意味を変え続けていくのだと信じていた。人と同じように、記憶が歳を取ることを祈った。十年後も、百年後も、まだあの街があれば、やはり美しいと感じると思うし、わたしのその心はわたしが死ぬまで死ぬことはないのだろうと思う。人と人とが、ただ関わり合い、関わりを保っていくことは、わたしにとって絶望的なくらいに難しい。抱きしめあえるその一瞬のために、永遠にぶつかり続ける覚悟のある人々の、涙と汗と、血と肉が、炎天下の熱いコンクリートの上に落ちて、生ぬるい夜の雨に融かされていくさまを見た。わたしの知らない街が、わたしのよく知るあの街と、きれいに、ぴったりと、重なって涙が出た。
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