えいがうるふ

BLUE GIANTのえいがうるふのネタバレレビュー・内容・結末

BLUE GIANT(2023年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

噂通り演奏シーンの音響、特にステージシーンは素晴らしい。
生ライブでしか伝わらないジャズセッションの熱さを音と映像で最大限忠実に再現し、その魅力を出来る限りストレートに伝えようという制作陣の心意気がビンビン伝わってくる。この、その場で紡ぎ出されていく珠玉のハーモニーに乗って酔いしれる高揚感が、好奇心で飛び込むにはちと敷居の高い都心のジャズクラブでなく映画館で疑似体験できるのはかなりお得。純粋に音楽を楽しむつもりで観に行くなら文句なく素晴らしい2時間を過ごせると思うので、できるだけ音響の整った環境での視聴をお勧めしたい。自分もDolby-ATMOS上映のスクリーンで鑑賞出来てよかった。

音楽と共に激しく切り替わるカット、照明、飛び散る汗。スポ根アニメの試合シーンさながらにエモーショナルな映像。ちなみに実際のBlueNoteの客席で聴く上原ひろみのライブがこんな風に見えるかといえばもちろん全くの別物なのだが、あの空気感をデフォルメして最新の技術で映像化するとこうなるのかと、そのアニメ映画ならではの記号化が個人的には興味深かった。
ステージシーンの演出は全体的に意外とオーソドックスな表現になっていた印象だが、ここぞとばかりにモーションキャプチャーの3DCGで見せる演奏の手元には不気味の谷を感じてしまい、その視覚情報がかえってノイズとなってしまっていたのが残念。
その点、同じくアニメーションで音楽を魅力を大胆に表現した映画「音楽」のライブシーンで使われていたロトスコープ技法は、実写をベースに実写以上に味わいのある躍動感を生み出していて、なんとも鮮烈な印象だったことを思い出した。ロトスコープはこの作品でも一部に取り入れられていたが、いっそ3DCGの全シーンがそれだったなら、きっと鳥肌が立つほどクールな映像になっていただろう。

なおストーリーは小学生でも分かるぐらいシンプルかつ王道な青春もの。原作にはもっと紆余曲折があるのだろうが、2時間にまとめるためにかなり端折っているのか、予定調和でさくさく進む。
スポ根ものの型として、血と汗のにじむような努力を重ね、挫折や喪失を乗り越え根性で夢を掴みに行くまでのドラマが見どころとはいえ、メインキャストにはもともと並外れた才能があるのがお約束である。今作の場合、天才肌の主人公はともかく、スティックすら握ったことのなかった凡人努力家タイプの初心者ドラマーがたった数年でその場に立てるほどBlueNoteのステージの敷居は低くないだろうし、まして交通事故で片腕を潰す重傷を負ったピアニストが翌日に満身創痍でそのステージに立ち拍手喝采を浴びるなんて、プロアマを問わず本気で音楽をやっている人ならそのあまりにもご都合主義な感動ドラマに苦笑するだろう。
当然ながら出演交渉等のバックステージの様子も現実のそれとは相当乖離があるのだろうが、そこらへんも含めて実際のプレイヤーたちの本音の感想をこっそり聞いてみたくなる。

とはいえこれが、敢えてストーリー展開を極力分かりやすくクリアに保つことで最大の売りである音楽の魅力・Jazzの魅力がダイレクトに観客に届くように、というある種割り切った演出なのだとしたら、その計算は大正解だと思う。
それぐらい、この映画の功績は大きい。いや、今後大きくなると期待したい。実際この分かりやすさに徹した作りが功を奏して、これまでジャズに縁も興味もなかった層にその熱が届いて好評を博していることが何よりも素晴らしい。
この作品を観て感動した一人でも多くの人が日常的にジャズを聴くようになったら嬉しいし、自分でもやりたいと思う人が現れたらもっと楽しい。もちろん機会あればブルーノートやコットンクラブに実際に足を運んで本物の生の感動を味わって、どっぷりハマってくれたらなお喜ばしいではないか。
かくいう私も都心の有名店ならちょこちょこ行くものの、絶滅が危惧されるTake Twoのような小さなジャズバーはかえって敷居が高くて行けずにいたので、これを機に今度こそお邪魔してみようと思った。

ところで別に私はジャズに詳しくもなんともないお気楽リスナーの一人だが、ここ数年ジャズのプレイヤーさんたちと交流する機会が増えてすごく感じていることがある。ジャズ人口が減る一方なのは、既存のプレイヤーやリスナー(の一部)が自ら首を絞めているからに他ならず、残念な現状ば当然の成り行きに思えるということだ。
くれぐれも、あなたの行きつけののジャズバーにひょっこり現れた若者が「Blue Giant」を観てジャズに興味を持ちました!などと初心者丸出しのことを言っても、にわかファンとバカにしたり高尚なリコメンドや難解な音楽理論でマウント取ったりしないで欲しい。それでジャズを嫌いになったという人を何人も知っている。大が初めてTAKE TWOを訪れた雨の日、大に聴かせようと店主のアキコが選んだ曲にピンときて思わずうんちくを語りたくなったそこの貴方、特にご留意を。