シネラー

オッペンハイマーのシネラーのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.5
アカデミー賞作品賞を受賞、
好きなクリストファー・ノーラン監督、
原爆の製作者を題材とした内容、
様々な要因から観たいと思っていた
本作を劇場鑑賞。
素直に面白い映画だったと言えないが、
テーマ性から観て良かったと思う傑作だった。

物語としては、
量子力学の天才オッペンハイマーが
原爆を作り上げる事で名声を得ていき、
終戦後はその称賛と現実に苦悩する
自伝映画となっている。
3時間という長尺で情報量の多い
会話劇が中心ではあったが、
その濃厚な人間模様は3時間という
時間を感じさせない位に魅力的だった。
自らの地位を確立していき、
マンハッタン計画でのトリニティ実験で
人類初の核実験を成功させるが、
それを境に日本への核使用と
更なる水爆への開発に不審を抱き、
挙げ句の果てにはソ連への
スパイ容疑をかけられる栄光と転落は、世界を変えてしまった葛藤として
とても形容しがたい内容だった。
科学者が生み出した物でも
使い方は選ぶ事ができない残酷さや
生み出した責任を感じるところでもあったが、
だからこそ倫理観が大切であるものの、
劇中でのオッペンハイマーの振る舞いや
不倫をする様子を窺うと
倫理を逸脱している表れだったと感じられた。
ちなみにマンハッタン計画を
はじめとする出来事で史実から
割愛されている人物や事件も無くはないが、
そこを描いてしまうとオッペンハイマー
個人の物語が揺らいでしまうので、
史実の事柄については
本作を鑑賞後に個人で学ぶべき事だと思った。
又、劇場という音響効果もある事で、
実験での爆発音や
ルドウィグ・ゴランソンによる不安を
駆り立てられる音楽が映像と相まって
素晴らしかった。
ノーラン作品の常連だった
キリアン・マーフィーだが、
劇中のオッペンハイマーの状況に
陰りがかかっていくにつれて
彼の表情も晴れないものになっており、
その描き方に合わせた演技が素晴らしかった。

日本公開前から広島や長崎の
原爆描写が無いとの声や
原爆賛美映画とも言われていたが、
アメリカ国民の原爆への称賛場面等は
日本人として心苦しい場面ではあるものの、
オッペンハイマーの視点は痛烈なまでの
罪悪感や原爆被害描写が描かれる為、
それらの作品批判は
全くの筋違いな批評だと言えるだろう。
原爆投下後のオッペンハイマーは
紛れもなく約20万人を殺害した
罪悪感に苛まれおり、
そこで原爆による閃光、溶けた人の皮膚、
黒焦げの人といった描写があるだけに、
本作は核の恐怖や現実を描くよりも
核が存在する世界そのものへの警鐘が
主題であると捉えられる部分だった。

他のノーラン作品と同様に
時系列が入れ替わった描き方があり、
それらが陰の存在である人物や
会話内容を示す演出だと分かるものの、
普通に時系列を準えて回想する形でも
問題ないと思うところではあった。
又、作品自体の不満点ではないが、
本国公開時に『バービー』と
抱き合わせた"バーベンハイマー"だが、
作品の雰囲気やテーマに差がありすぎて
無考なネットミームや宣伝だったとしか
思えない本編内容だと思った。

いつ核を使用した戦争が巻き起こるか
分からない現在で、
核のある世界を生きなければならない
現代人にとって必要な映画だと思った。
核による被害と加害の双方を知った上で、
唯一の被爆国でもある日本人が
観て考えなければいけない映画だった。
公開を踏み切ってくれた配給会社に感謝だ。
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