YAJ

ベルファストのYAJのネタバレレビュー・内容・結末

ベルファスト(2021年製作の映画)
3.3

このレビューはネタバレを含みます

【Ireland's Call】

 ベルファスト。北アイルランドの首都。北アイルランドはアイルランド共和国と共にアイルランド島内に位置する、United Kingdomの連合を成す一地域。アイルランドと聞くだけでピリピリしたものを感じるのはIRAの名と共に90年代の紛争の記憶が新しいからだろう。

 とはいえ、その北アイルランドの首都ベルファストがどんな町なのかと、これまでほとんど思いを馳せたことがなかった。映画の冒頭は現在の町の様子が空撮などを交えて俯瞰的に映し出される。近代的港湾都市、タイタニック博物館(ベルファストの港の造船所でタイタニックは造られたのか!)、そして平和の壁、という分離壁を超えるようにカメラが移動すると、そこは1969年であることをカラーからモノクロに切り替わることで表現してみせる。

 そして、主人公バディ(9歳の男の子)と町の人の日常を流れるようなカメラワークでなぞっているところに、プロテスタントの過激派がカトリック信者の家を襲撃する暴動が突如巻き起こる。なかなか衝撃的な掴みはOKな怒涛の展開での幕開けだった。

 俄然、そうなると、アイルランドという土地にまつわる複雑な運命に翻弄される一家の苦労が描かれるだろうと身構える。フライヤにも、プロテスタントの暴徒による攻撃で「この日を境に分断されていく」と、昨今の世界情勢を彷彿させるような惹句が踊る。

 が、さにあらざるや。
 本作は、確かに土地柄、歴史的背景による民族、宗教、宗主国との格差などの問題を遠景に設えつつも、主眼は9歳のバディが見た町の様子、家族の記憶、少年ならではの淡く儚い恋心といった実に身近なお話なのだった。それは、家族や隣人との絆を軸に描かれた郷土愛あふれる物語。製作・脚本・監督を務めたケネス・ブラナーの個人的な想いに満ち溢れたハートウォーミングな映像作品に仕上がっていた。

 民族紛争、宗教対立が起こっていても9歳の視界には、それすらも自分の人生の一番の関心事ではない。そう見せることで、この現世に起こる紛争、戦争の数々の、なんたる愚かなことかを、逆説的に浮き上がらせていると見るのも面白いのかもしれない。



(ネタバレ含む)



 ちょっと肩透かしを食らわされた感もあったけど(北アイルランドの孕む問題がもっとクローズUPされるのかと思っていた)、むしろ、当時のベルファストというひとつの都市に住む、一般的な家族と庶民の暮らしが垣間見れて、いろんな点で印象深い作品となった。

 冒頭に描かれるプロテスタント暴動から始まり、翌年のイースターの頃に家族でイングランドへ引っ越すまでのわずかな期間の物語。その時代、北アイルランドのトイレは家の外にあったのか!?とか(だから引っ越す先のロンドンの家には「家の中に2つもトイレがある」というのが売り文句にもなる)、TVでは「真昼の決闘」や「スタートレック」、「サンダーバード」、映画館に行けば「恐竜100万年」に「チキチキバンバン」。子ども心をワクワクさせるモノが次々と映し出される。映画のスクリーンの中だけが天然色なのも面白い。きっとケネス・ブラナーの記憶の中で、当時の町の風景はセピア色に退色していても、子供の頃胸躍らせて鑑賞した映画は色鮮やかな思い出として刻まれているのだろう。

 プロテスタントとカトリックの宗教対立も、9歳の子どもにしてみれば、カトリックはあとで謝れば(=懺悔)なにをやってもいい人たちと、まぁ単純化されて理解されてしまっていて可笑しい。いや、世の中のことも、子どもの視点で見てみれば、なんでそんな違いがあることで双方いがみ合わなきゃいけないの?!ってことなのかもしれないな、と考えさせられてしまった。
 世界がどんなに争おうとも、僕は好きなあの子の気を引くことが一番の関心事なんだ!とバディの純真さが何より尊く思えてくる。

 アイルランドと言えば、個人的にはRWC2019の予選プールの第2戦、日本vsアイルランド戦の快挙だ。そして、そのラグビーをプレイする時のアイルランドチームの構成が思い出される。ラグビー協会が国が分かれる前に発足(1879 年)していたから、ラグビー代表チームはアイルランド共和国と北アイルランドの統一チームで構成されている。どんなに地域で紛争が繰り返されても、宗教的・政治的対立があってもひとつであり続けたのが、ラグビー代表チームなのだ。この代表チームは、試合前、「アイルランズ・コール 『Ireland's Call』(アイルランドの叫び)」という国歌ではない歌を共に歌い上げる。
 どうして、このチームのように国同士もひとつになれないのだろうか?と、RWC2019の時も思ったもの。いろんな事情があるんだろうなと大人の理解をせざるを得ないのだけど、この作品を観ると、いや、バディのように無邪気に、「ひとつになればいいじゃない」と思っても、主張してもいいんじゃないかと。 だれもが変に大人の忖度などせず、子どものような心で、一番いい姿を素直に、「それでいいじゃん」って言えばいいんじゃないだろうか。
 そんな素直な気持ちにさせてくる佳作です。

 同じモノクロ、監督の自伝的作品ということで『ROMA』(A・キュアロン 2018 )と比較されるけど、描いてる視点はまるで違ったかな。

 絵としては『ROMA』のほうが面白かった。舞台出身のケネス・ブラナー故か、どうにも演劇的に誇張された絵作りがちょっと鼻につくというか、絵的すぎてリアリティを欠いていた感は惜しかったかな。
 でも、面白い作品でした!
YAJ

YAJ