ひでやん

ある男のひでやんのレビュー・感想・評価

ある男(2022年製作の映画)
3.9
分からなかった真実より、共に過ごした事実。

男の後ろ姿が正面で左右反転せずに、そのまま鏡に映り込むマグリットの絵が映され、タイトルバック。意味ありげな冒頭から興味が湧く。そして車窓に映る自分の「顔」に取り乱す谷口。脛に傷持つ身なのか、谷口のこれまでの人生に興味津々。序盤は安藤サクラ演じる里枝の視点で、喪失感という心の穴を谷口が埋めてくれたかと思えばまた喪失で彼女が気の毒。更に別人という衝撃の事実が悲しすぎる。

愛したはずの夫がまったくの別人だった…。これは興味深い。

妻夫木聡演じる弁護士の視点に切り替わり、謎の男Xの人生を追う。これはかなりキツイ。幼い瞳に映った光景はあまりにも残酷だ。脛に傷ではなく、心にある深い傷…。貼られたレッテルを剥がせないのなら、上からラベリングする悲しき人生。自分の顔を殴るためのボクシングより、整形の方がいいように思えた。

弁護士の城戸もまた、在日韓国人というレッテルが貼られ、それは3世になっても消えない。その弁護士が詐欺師と対峙した時、どれだけ丁寧に話しても慇懃無礼な態度に映り、相手を見下している事を詐欺師に見透かされる。その詐欺師が弁護士に向かっていう「アホ」が痛快。あらゆる場面に「差別と偏見」が散りばめられていて、豪華なキャストの名演によって見応えのある重厚なドラマになっていた。

序盤で里枝が気の毒に思えたが、終盤では幸せだったんだな、と。里枝にとってもXにとっても、共に過ごした3年9カ月は幸せだった事が救い。
ひでやん

ひでやん