塔の上のカバンツェル

1941 モスクワ攻防戦80年目の真実の塔の上のカバンツェルのレビュー・感想・評価

3.5
知人におすすめされたので観た。量産された大祖国戦争映画の一つだけど、見所は各所にあるのはそう。

枢軸軍6個軍の総兵力180万人vsソ連軍の3個方面軍125万人というWW2でも屈指の戦いの一つである"タイフーン作戦"ことモスクワ攻防戦を描くにあたり、その物量は本作にもある程度は反映されていたと思う。

ただ、モスクワの戦いはまずは西部と北部のモスクワ市に肉薄した戦線のイメージが強いと思うけど、本作で描かれるイリンスコエ攻防戦は、オリョールとトゥーラ方面の南方戦線のお話なんですね。
トゥーラ市を迂回してカシーラ方面に攻勢をかける独第2軍と第2装甲軍を迎え撃つというやつ。

こういうメジャーから少し外した戦いにスポットを当てるのは近年のロシア産戦争映画のトレンドではあると思うけど、欧米の戦争映画と違ってキャラのドラマとかより一つの会戦に絞ってメインテーマを据えるのが"大祖国戦争映画"の個性ではあるなぁーと。

個人的に中学生の時に図書館で「モスクワ攻防戦」の書籍読んでて、普通の主婦らが塹壕掘りに動員されている話が印象的だったので、本作でも一般市民が必死に対戦車陣地を掘ってる画は末期戦感が強くて印象深い。


本作のメインテーマは、砲兵の対戦車映画なわけだけども、砲兵科の当時は秘密兵器"スターリンの死のオルガン"こと、カチューシャの活躍とか、1941年なので勿論T-34も出てくるけど、T-60軽戦車だったり、ドイツ軍はチェコ製の38(t)戦車が主力だったり、独軍の戦車兵が初期兵装のベレー帽被ってたり、ニッチな兵器や軍装がこの映画の魅力の一つだろうなぁと。

肝心の対戦車戦闘と陣地戦は、爆発エフェクト周りのVFXは月並みだけど、航空機や爆撃機のCGIは結構良いとも。
シュートゥーカの死のサイレン音はもう少し景気良くてもいいなぁとか思ったり。

あと、渡河映画でもある。
渡河する映画はそれだけで印象に残る。

10年くらい前のお気に入り映画の「ブレスト要塞攻防戦」でも同じような描写あったけど、ドイツ軍がソ連軍の戦闘服で偽装して卑怯な!ってするやつ、史実はバルジの戦いくらいしか知らないけど、実際広範にあったんだろうか?
独ソ戦の書籍は結構読んできたけど、あんまりその辺の言及は見たことないけどなぁ。


本作に登場する主要なキャラ達は演技自体は凡庸ですけども、サブの斥候隊の隊長がキャラ立ちしていたり、スペイン内戦帰りの女性の衛生部隊の隊長が手榴弾を投げ返すシーンとか、中盤のドイツ軍の戦車兵が戦車の上に仁王立ちしながら前進してくるのとか、脇を固めるモブに印象的な場面が多かったなぁ。

本作では、"いっぱいナチも殺したけど、いっぱい友達も死んだ"っていう点を特に強調するのが記憶に残ると思う。歴史的側面を追歩する映画として。

一方で、10年代以降にロシアが大量生産し、お茶の間に流してきた"大祖国戦争映画"群が対ファシスト勝利というナショナリズムの醸成を補強してきたことが今日のウクライナ侵攻まで行き着いている側面も否定はできないので、これは何も万国の映画産業にも言えるけど、映画のプロパガンダとしての機能性というのもある程度は認識ておくと、こういった作品にどう触れるかのスタンスは覚えておいた方がいいなぁと改めて思う次第。

戦争は映画だけでいいんですよ。


【参考文献】
「独ソ戦戦車シリーズ4 モスクワ攻防戦「赤い首都」郊外におけるドイツ電撃戦の挫折」株式会社大日本絵画
「ドイツ軍攻防史 マルヌ会戦から第三帝国の崩壊まで」作品社