海

コンパートメントNo.6の海のレビュー・感想・評価

コンパートメントNo.6(2021年製作の映画)
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思い出すとき、わたしを孤独から救い出してくれるんじゃなくて、わたしを孤独へとかえしてくれるひとだったから、好きになったのだとおもう。家までの道を歩きながら、夜は、街の遠くのほうの音までよく聞こえることに気づく。マンションや家のオレンジ色の灯りを見ながら、あの灯りのもとにあなたがいるといいなとおもう。ご飯を食べたり、テレビを観たり、誰かと話したり、子どもを抱いたりしている姿が、思い浮かぶ。愛を与えている人か、愛の中にいる人、どちらをしあわせだとわたしたちは呼ぶのだろう?かおを見られたくないけれど、隣にいてほしい。話をしたくないけれど、声をきいていたい。泣いているとき、抱きしめてあげて、一人じゃ眠れない夜に、おやすみと言ってあげたい。悲しみは複雑で、時間はいつも短すぎて、記憶も人生も重たくて、言葉は、音以上に、無力だった。わたしは決して簡単じゃない方法でしか誰かを愛せない。冬の高い高い空を、銀色に染めあげる陽の光は、やがて夜にまぎれて、わたしから旅の果てを奪っていく。今夜もまた、トム・ヨークがこう歌っていたのを思い出す、「信念を捨てるよ、あなたとの子どもを持つために」いつか、わたしは、父に何と言われたかったのだろう、母に何と言われたかったのだろう。あなたに何と言われたくて、わたしは、何を言いたかったのだろう。あなたは誰のかわりで、わたしは誰のかわりだったんだろう。いつ、その呪いがとけたんだろう。とけて、ちゃんとここにあることを、どうすればあなたに伝えられるんだろう。わたしから望んだ別ればかりがわたしの人生にあることが、わたしを苦しめて、そして愛しさえする。
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