しの

コンパートメントNo.6のしののレビュー・感想・評価

コンパートメントNo.6(2021年製作の映画)
3.9
旅映画だが、ほとんどが寝台列車の中で起こったことで、とにかく撮影が狭っ苦しい。こんな所でこんな奴と同室? という主人公の絶望感が存分に伝わってくるが、関係性が変化していくにつれ次第に親密な空間として見えてくる。言語化し得ない大切な思い出ってこういうことだなと思う。

大事な所を台詞に頼らずに描写することによる同期体験がとても素敵だ。そもそも主人公がなぜ一人旅に出ているのか(もちろん直接の理由は恋人のドタキャンではあるが)、どんな疎外感があるか。それは冒頭の「知的」な会話についていけない様子や、他人に言われたことをそのまま反復している姿、旅先で恋人とする電話での会話などから見てとれる。一方で、同室となる男リョーハも、そのバックグラウンドは最後までほとんど謎のままだ。旅の過程で彼とは近づいたり離れたりを繰り返すが、何をきっかけにどう心情変化したのかを示す台詞もない。その意味で明確に「他者」なのだが、表情などから読み取れるようになっている。

つまり、基本的には主人公の身の回りで起こることしか描かず、ただ旅の過程とそこで出会う他者が映っているだけなのだが、撮影手法や演技も相まって、なんとも言語化しがたい同期体験が生まれる。リョーハがはじめは本当に厄介に見えるのに、終盤ではちゃんとこちらまで親密さを覚えるのだから凄い。

他にも、列車の車掌や、関係性がよく分からない老婆、目的地で出会う漁師たちなど、これはこの旅でしか出会えないな、と思わせてくれる他者のディテールも豊かだ。派手ではないが、そんな「誰かと代替不能なその人」との交流が確かにここにあるのだという実感が生まれてくる。

やがて、この手のロードムービーでお決まりの「大事なのは目的地そのものではなかった」展開にはなっていくが、その描き方もリアルでキュートだ。ある意味、寒い土地が舞台だからこその表現方法をとっている。旅の過程で、男女だからってそうならなくて良いのに、とは所々で思ったものの、ラストに至ってそういうカテゴライズができない関係性なんだなと分かる。

特に序盤などは変わり映えしない狭っ苦しい列車内を映すだけなので、分かりやすい旅行の楽しさを体験しようとすると期待外れかもしれない。ただ、確実にこの旅でしか得られなかったであろう、胸にしまっておきたい一期一会の体験をした気持ちになれるという意味では、正しく旅映画だった。
しの

しの