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ONODA 一万夜を越えての小のネタバレレビュー・内容・結末

ONODA 一万夜を越えて(2021年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

「純粋で、任務に忠実」「信じるものを信じたい」。肉親の言葉よりも上官の命令、それは神託。

「武士ではなくヨブ」。フランス人のアルチュール・アラリ監督は小野田寛郎をそのように見たのかもしれない。

上官の命令を信じるが故に受けてきた苦難。その経験と記憶が積み重なるほど、命令はより強靭になる。

「救いが来るまで待つしかない」。小野田寛郎の30年はユダヤ民族の2000年と重なる部分があるのかもしれない。

というのが、本作だけを対象としたざっくりとした感想だけど、現実の小野田寛郎についてちょっと調べ、ある本を読むと、映画と全く異なる物語が浮かんでくる。

<小野田寛郎の30年間を描いた「ONODA 30 ans seul en guerre」(著:Bernard Cendoron)を元に着想、映画化された本作>(公式ページ)。

本の邦題は、小野田寛郎の手記『わがルバング島の30年戦争』だろうけど、同書のゴーストライターである津田信が『幻想の英雄 小野田少尉との三ヵ月』という暴露本を書いている。

「あとがき」で津田信は執筆動機を次のように述べている。

<小野田寛郎の「手記」を代筆して以来、私は後ろめたさにさいなまれつづけてきた。明らかに事実とちがうことを知りながら、代筆者という立場上、事実通りに書くことができなかった箇所がいくつかあり、その結果、「手記」の読者に、間違った小野田寛郎像を抱かせてしまったのではないか、という後ろめたさである。それが私を責めつづけた。>

映画は津田信が言うところの「間違った小野田寛郎像」に基づいていると思うけど、アラリ監督は、現実の小野田寛郎の姿を描きたかったわけではない。

<小野田さんの著書を読まなかったアラリ監督はこう語る。

「読まなかったことで、自由に人物を描くことができ、逆によかったです。私にとって、小野田さんとは、あくまでも物語を動かす架空の人物であったため、小野田さん自身の主観に囚われたくはありませんでした」>。
(https://www.tokyo-sports.co.jp/entame/news/3719800/?utm_source=pocket_mylist)

つまり映画はファンタジーで、私にとってはジャングルの中で30年間、理不尽な目にあってきた「ヨブ記」。これはこれで面白いけど、個人的には『幻想の英雄 小野田少尉との三ヵ月』をもとにした、もうひとつの物語も見てみたい。

とはいえ、大人の事情が優先され無理なのだろう。プロの方が執筆する映画の解説記事でも、ざっと見たところ、それとなくほのめかしていても、暴露本に言及したものは無い気がする。

津田信が示すところの小野田寛郎像は、とても人間くさく、興味深い。「何故30年近くもジャングルに潜んでいたのか」についても全く別の、納得できる理由が見えてくる。"幻想"が崩れても構わないという方には一読をオススメします。
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