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Firebird ファイアバードのnetfilmsのレビュー・感想・評価

Firebird ファイアバード(2021年製作の映画)
4.2
 1970年代後期、ソ連占領下のエストニア。モスクワで役者になることを夢見る若き二等兵セルゲイ(トム・プライヤー) は、間もなく兵役満了を迎えようとしていた。そんなある日、パイロット将校のロマン(オレグ・ザゴロドニー) が、セルゲイの基地に配属されてくる。ロマンの毅然として謎めいた雰囲気に、一瞬で心奪われるセルゲイ。トッド・ヘインズの『CAROL』のようにロマンと目が合ったその瞬間から、体に閃光が走るのを感じてしまう。同僚の女性将校ルイーザ(ダイアナ・ポザルスカヤ) に想いを寄せるセルゲイのうぶな心情は恐らく、自身の性自認を果たしていないだろう。彼女に惹かれながらもどういうわけか心にブレーキがかかる。当時のソヴィエト連邦では占領下にある各国から若者たちを強制徴兵し、ロシア兵として引き入れていた。士官からのいじめは日常茶飯事で、ある意味戦争よりも陰湿であったことは想像に難くない。然し乍らロマンの慈愛に満ちたおおらかな態度にセルゲイは心惹かれて行くのだが、それは異性の親友で同士でもあるルイーザも同様だった。

 原題訳『火の鳥』というから私は『トップガン』のようなパイロット飛行士による戦争映画だと理解していたのだが、思っていたほど戦争の場面は出て来ない。然し乍ら軍事訓練下という特殊な環境の中で、偶然に出会ってしまったセルゲイとロマン、ルイーザの奇妙な三角関係はトリュフォーの『突然炎のごとく』の21世紀版の趣すらある。写真という共通の趣味で上司と部下の関係性が、愛に変わって行く過程はひたすらドラマチックで、人間の欲求というのは抑圧下になれななるほど、狂気のように燃え盛って行く。しかし当時のソヴィエト連邦では同性愛はタブーで、軍部では見つかり次第、風紀委員会にかけられ、投獄の憂き目に遭ったという。セルゲイとロマンの関係を怪しむクズネツォフ大佐の姿は正にドイツのゲシュタポのように監視の目を光らせる様はサスペンス・タッチで、今作をデビュー作とするエストニア出身のペーテル・レバネの冷静な筆致に魅了される。冒頭の海へのダイブの描写で、三角関係のトライアングルが束の間のものであることはあらかじめ予想出来たのだが、現実というものはあまりにも残酷で容赦ない。

 途中からずっと涙腺が緩みっぱなしだったが一方で唯一気になったのは母語の選択であり、リアリティのある描写力であれば間違いなくロシア語であり、監督も実際にロシアの一流俳優たちに声を掛けたものの、プーチンの圧制下に置かれた俳優たちは消極的な断りの連絡を次々によこしたという。結果として監督はエストニア人で、狂おしいほどの愛を演じる2人の役者はイギリス人とウクライナ人に決まったが、率直に言えばエストニアとロシアの合作ならば戦争により公開中止の憂き目に遭っていたはずであり、結果として英語を選択したことが吉と出た。
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