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ボーはおそれているのnetfilmsのレビュー・感想・評価

ボーはおそれている(2023年製作の映画)
4.3
 いや~これはあまりにも壮絶で面食らった。そうとしか言いようがない圧倒的な179分間で、フェリーニの『8 1/2』やキューブリックの『シャイニング』が大好物の人は是非、足を運んでもらいたい。それが生理的に無理という人にとっては地獄のような179分になる可能性が高く、あまりおススメしない。ホアキン・フェニックスの最高傑作と言えばポール・トーマス・アンダーソンの『マスター』だと断言して憚らない私の様な人間には至高の179分間で、アリ・アスターの変人の変人による変人のための狂気の映像世界。世界ではいま様々な症例に名前が付き、これが効くと医者に手渡されたクスリを呑むことで何とか平静を保とうとする。ありとあらゆる事象が可視化され、国境を問わず様々な情報が飛び交う現代社会ではしかしながらバランスが悪いのは果たして自分なのか?それとも世界なのか?という問いにはすぐに答えが出ない。昨夜届いた情報によると、遠隔操作でナワリヌイを毒殺したプーチンの唖然とするような姿勢は鬼畜で、おそらくピョートル大帝のようなおぞましい末路を迎えるだろう。人間の顔をしたゾンビによる奇妙な遠隔操作ゲームは全てが醜悪なゲームであり我々は生きているのではなく、生かされているのだと。すべからく歴史は繰り返されて行く。

 単なる平凡な日常のループあるいは現実に起きた事象が精神疾患を患ったボー(ホアキン・フェニックス)にはこのように歪に見えている。深刻な夢遊病者が見る現実は夢であって欲しいおぞましい現実で、クスリが見せる幻覚なのか強迫観念自体が主人公を追い込む。冒頭の赤ん坊の頭強打の場面にも明らかなように、その時点で正常に生まれ落ちるはずだった赤子に後天的異常は齎されてしまう。結論に到達するまで、加減を知らず極限までやり過ぎてしまうのが生成系AIの定めだとしたら、強迫神経症めいた症状を見せるボーの外界への並々ならぬ意欲は、亡くなった母への弔いに他ならない。母体回帰的な母親の子宮の中に本来なら留まれば良いものを、生まれ落ちた不幸でうんざりした態度を明らかにしながらもボーが母親に会いたいと願う気持ちに嘘はない。母体回帰ならぬ母を訪ねて三千里なボーの病巣は、診療医に処方されたクスリを呑んでいたとしても、それが60年代のLSDのようなドラッギーで爆発的なクスリで無ければ意味がない。ポール・トーマス・アンダーソンの『マスター』的であり、『パンチドランク・ラブ』的なボーの病理は単なるルーツ回帰では解き解せぬ母子関係に肉薄する。腹上死した父親になり代わり、終着点を初恋の人に決めた40代の童貞くんのうぶなリビドーが爆発する瞬間の、スマフォのマライア・キャリーの2度リピートが心底最高なのだが、いやはや生まれてしまったが最期な奇妙奇天烈な179分間のシニカルにして露悪的な奇妙な美しきキ〇ガイの世界。希死念慮に憑りつかれた天国のフィリップ・シーモア・ホフマンへ。
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