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ドライブ・マイ・カーのKientopp552のレビュー・感想・評価

ドライブ・マイ・カー(2021年製作の映画)
4.0
 村上の原作では、主人公は、妻と寝ていた高槻という若い俳優と、銀座の夜のバーを幾度か訪れて、友達になってしまうのであるが、本作では、原作と異なって暴力性向がある高槻とは、自分の妻を寝取ったのではないかという疑心暗鬼に主人公は囚われながら、その緊張関係は、解消されずに、ストーリーが展開する。一方、自分の赤い愛車Saabを運転してくれることになる女性ドライバー・みさきとの交流に、本作では、ストーリーの重点が置き換わっている。これは、ストーリー建ての妙であると言えるが、本作のストーリー展開のいいところの、もう一つの点は、妻の突然の死の後、主人公が舞台俳優並びに舞台演出家と成功しており、広島での国際演劇祭で、自分もその演技で名声を得た、帝政ロシアの劇作家アントン・チェホフ(Anton Pavlovič Čechov)作の『ワーニャ伯父さん』の演出を担当することになる点である。

 まず、死んだ、脚本家の妻が感情を殺して棒読みして吹き込んだ相手役の台詞を、主人公は、暗記した自分の台詞を以って、これまた大根役者のように、無感動で言いあげる。このような台詞との「対話」を、主人公は、広島で指導する役者にも「強要」する。しかも、それぞれの登場人物は、その役者の母語である言葉を日本語に翻訳しないままで、それぞれの母語で言い合うのである。これを「多言語演劇」と言うようであるが、観客自身は、日本語以外の言語を、翻訳された字幕を目で追いながら、その劇の進行を理解するという寸法である。

 しかも、『ワーニャ伯父さん』の主人公となるソーニャ役には、韓国人の女優がなり、彼女は、耳は聞こえるが、台詞には韓国語の手話を使う俳優なのである。日本語、台湾・中国語など多言語が飛び交う中で、手話が入ることにより、音声が無くなった特殊な空間が突然、舞台上に成立する。脚本も書いている濱口監督が、この点において、自らの力量の限界を感じ取り、脚本共同執筆者に大江崇允(たかまさ)を選んだのは正解であった。と言うのは、大江は、今では映画監督もやっている人物であるが、元々は、舞台俳優、舞台監督として、経歴を積み上げてきた人物であり、彼の、当を得たアイディアが本作における脚本の質を上げることになる。不条理劇のオーソドックスと言われる、S.ベケット作『ゴドーを待ちながら』が、本作の初めに登場するのも、なるほどなと頷ける。
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