せーじ

アイの歌声を聴かせてのせーじのレビュー・感想・評価

アイの歌声を聴かせて(2021年製作の映画)
4.7
312本目。公開当時、Twitterやここでもかなり評判がよく、レンタルが始まったら絶対に鑑賞しなくては、と思っていた一作。ちょっと緊張をしつつ、期待をもって鑑賞。




…素晴らしい!
ぼかぁこういう話がとっても好きなんですよ!(誰
それに、細部まで練られた設定と脚本の完成度が非常に高く感じられたので、王道でエンタメ的な要素が中心でもしっかりと最後まで楽しむことが出来ました。個人的には、大傑作だと言っていい作品だと思います。

■具体的な演出で描かれていく近未来社会
まず、冒頭から「現代以上にAIが日常生活に溶け込んでいる社会」が舞台であることを、手際のいいテンポで、かつセリフに頼らず「画」で具体的に見せていくので、その時点でワクワク出来る構造になっているのですよね。もちろん登場人物にセリフで説明させるなんて野暮なことはさせません。きちんと「そういうインフラが整っている社会で暮らしている人たち」であることを登場人物それぞれに落とし込んでいて「あぁ、ここは企業城下町的な?経済特区的な場所なのかな?」と観ているだけで簡単に類推することが出来るようになっています。舞台立てのセッティングと見せ方が本当に上手いし具体的だなと思いました。
そう、この作品は演出がとても「具体的」なのです。現実社会の延長線上としての近未来社会なのだろうなという類推がしやすい「未来感」が、日常生活に根差されて描かれているので、ファンタジックな作品なのに「ありそうだな、いずれこうなっても不思議ではないな」というリアリティが作品全体に溶け込んでいる様に見えるのです。とても親しみやすく入り込みやすい世界観だったのですよね。

■葛藤が無いAIと葛藤する若者たち
そこに登場するのは、主人公達のもとに転校生としてやってくるAIヒューマノイドのシオンなのですが、彼女のキャラクター造形もとても「具体的」に練られていました。
見た目は可愛らしい女の子で、物腰も柔らかく、出来ることはとても優秀なのですが、AIらしい「いい意味で葛藤がないという機械的な乱暴さ」がそこにはあるのですよね。「人間よりも優秀なのだけれども迷いが無いので人間臭くなく、機械的だけども純粋で愛らしくも見える」という「彼女の"性格"」が、スッと入り込むようになっています。それとは対照的に人間である他の登場人物達は、大人も子供も複雑な内面を抱えている登場人物が多く、特に中心人物となる五人の若者たちの葛藤は、主人公であるサトミさんを中心にとても丁寧に描かれていました。まぁ、悪役がステレオタイプなのはちょっとアレでしたけど、自分はそこまで気にはならなかったです。ああいうポジションのキャラクターもこういう作品には必要でしょう。
このあたりの描き方や描き分けも本当に上手いなと思います。

■ミュージカルとしての「浮遊感」と「構造」がある土屋太鳳さんの歌声の素晴らしさ
そしてもちろん、触れなければならないのは、これらの要素の素晴らしさでしょう。シオンを演じる土屋太鳳さんの演技と歌声が本当に本当に素晴らしかったです。それも、ただ歌声がいいというだけに留まらず、AIという人工物としての「乱暴さ」が、AIそのものの機能によって経験という「学習」がなされることで徐々に角が取れていって…という演じ分けのグラデーションが完璧に為されていて、凄いなと思ってしまいました。シオンが歌う場面は、場面全体が文字通りミュージカルっぽくなるのですけど、その仕組みがとても具体的で、かつ「AIが持つ機械的な乱暴さ」から展開を追うごとに「人が抱く純粋な思いやり」へとにじり寄るワンダーがその歌声にはあって、とても自然に感動できるようになっていました。ミュージカルを観ている時に体験出来る、あの「歌に入る瞬間のふんわりとした飛躍」が自分はとても好きなのですが、それをこういう形で描くのかと、感嘆してしまいましたね。そして何より「同じ旋律がある別の曲」というものを要所要所でシオンは歌うのですけど、何故そうするのかというのがわかると、とても深い所まで感動が出来るようになっています。土屋太鳳さんにはおそらくこの先、ディズニーあたりからミュージカル映画の吹き替えのオファーが沢山やって来るのではないかなと思います。いやマジで、本当に彼女の歌声と、そういった「構造と繋がり」を持った数々の楽曲はとても素晴らしかったです。

※※

すいません、ごちゃごちゃと書いてしまいましたが、心から素晴らしいと思えた作品であることは間違いなかったです。多少展開がありがちだったり、ステレオタイプ的だなと思う部分もあるのかもしれないですけど、そういったものを吹き飛ばす力をもった素敵な部分が大きく存在感を示している作品、なのではないかなと思います。個人的には、20年後、30年後の未来にこの作品を観たらどう感じるだろうかというのが気になりますね。そしてその時、現実社会はどのようにAIによって進化をしているだろうかということを想うことや、この映画の様になっていたら素敵だよねという、絵空事ではない「夢」と「希望」が純粋に描かれている作品だと思います。
おすすめです、まだの方はぜひぜひ。
せーじ

せーじ