ひこくろ

ぶあいそうな手紙のひこくろのレビュー・感想・評価

ぶあいそうな手紙(2019年製作の映画)
4.4
老いるということの意味をとても深く考えさせられる映画だった。

人は老いるとだんだんと臆病になっていく。
新しい物や新しい関係性を拒絶し、自分の殻にこもっていく。
自分のルールが絶対になり、頑なにそれを守り、見栄やプライドだけを肥大させていく。
いわゆる老害と言われる人たちも、そんな「老い」の典型だろう。

死への恐怖が新しさを拒み、プライドが傷つくことを極端に恐れさせる。
でも、それは何も本人だけの問題ではない。
周囲の人たちが「老人」として接し、そう扱うことが余計に拍車をかける。

主人公のエルネストはそんな老人の一人だ。
目が見えなくなりつつある彼は、かつて恋心を抱いた相手からの手紙を読みたいと思っても読めない。
でも、弱味を見せたくない、人に関係を探られたくない、というプライドが邪魔して人にも頼めない。
そこに、ビアという若い女性が入りこみ、かき回すことでエルネストは変わっていく。
とはいえ、老人が変化していく、単にハートフルで前向きな話というわけではない。
ビアは、勝手に部屋に入り、物を盗み、平気で噓をついたりもするからだ。

エルネストはそれでもビアを信頼し、ビアもやがて彼に本当の姿をさらすようになる。
エルネストは女性に手紙を書くことで、おそらくは気づかずにビアへの恋心を高めていく。
毎日が楽しく感じ、彼女に振り回されながら、新しいことにもどんどん挑戦するようになる。
その様子の楽し気なことったらない。

臆病さとプライドを捨て、ちゃんと世界と向き合うことで、こんなにも人は魅力的に輝いていくのだと思わされる。
と同時に、「老い」はそういう生き方を、簡単にはさせてくれないのだな、ということも感じてしまう。
ほんの少しの勇気と誰かに対する思いやりが、「老い」を輝かせるとわかっていてもだ。
この映画を老人が観た時に何を感じるのだろう。
それを知りたいな、と強く思った。
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