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すばらしき世界のまのレビュー・感想・評価

すばらしき世界(2021年製作の映画)
5.0
4年に一度と言われると何を思い浮かべるか?やはりオリンピックという事になるんだろう。だが、人によっては西川美和の新作を拝む事が出来るという事になるのだろう。自分は後者でオリンピックよりも楽しみでしょうがなかった。
西川美和が監督、役所広司が主演。この布陣だけで日本映画ファンはこの作品を見る為に映画館に足を運ぶ事になるのだろうけど、いざ映画を見てみると本当に素晴らしいもので良い意味で期待を裏切られた。とにかく終盤、泣けた。刺さり過ぎて泣けた。

この作品は「元殺人者の社会復帰物語」だ。その過程を描いている。主人公の三上は人生の大半を刑務所で生きている。殺人を犯したヤクザ者だが、この男、基本的には真面目でいい奴なのである。だが、真面目の度がすぎてしまい厄介者になってしまうのである。自分の犯した罪=殺人は間違いでは無かったと思っているのだ。そんな三上だから行く先々で人間と揉め、トラブルを起こして上手くいかない。たが、そんな三上も他者と関わっていく中で考えを改めるようになる。後見人の弁護士夫婦、役所のケースワーカー、スーパーの店長、昔世話になったヤクザの姐さん、取材と称して三上をネタにしていたが次第に考えが変わっていく作家の卵等々。
誠実に今度こそは堅気に戻って人生を歩んで行くと決めた三上が見た「すばらしき世界」とは…。


西川美和監督作品、前作の「永い言い訳」で主人公の幸夫くんが最後に出した答が「人生は、他者だ」だった。今作においてもその答というのが活きてきていると思う。刑務所で孤独に生きていた男は10数年ぶりに娑婆に出た。やはり孤独に生きていると当然寂しいし、何より考えが凝り固まってしまう気がする。
社会(家族、友人、恋人、職場etc)と接して人に会って話をする。普段から行っている当たり前の事がこの作品を見て、又はこのコロナ禍だからこそ大事なのだと身に沁みて感じる。

社会において生活していると、物事を見過ごす事、無視する事、嫌でも誰かに同調する事が少なからずあると思う。そうする事が良いと思う時もある。違う意見を言って反対する事も出来るが、現実世界でそれをするとトラブルになったりいざこざになったりする。弱者に対して手を差し伸べる事が出来る人間の方が少ないのでは、とも思う。そのような生きていく上での矛盾のようなもの、生きづらさ、もどかしい気持ちを今作は描いている。


今作はハッピーエンドなのかそれともバッドエンドなのかそれすらも分からない。ただ一つ言える事は三上はこの世界の事を「素晴らしいな」と多少なりとも良いなと思いながら死ねたのだろうなという事。津乃田と一緒に見に行った故郷、就職祝いをしてくれた友人達、その時にプレゼントしてもらった自転車、空に浮かぶ1番星、仕事の帰り際に貰った綺麗なコスモス、そして元妻からの電話…。やっとこれから前を向いて新しい人生を歩む事が出来る。そんな矢先に訪れる唐突な死。最後に現れるタイトル「すばらしき世界」。西川美和は本当に意地悪だ、皮肉なのか?それとも本心なのか?自分は後者であると信じているが、見た人其々の受け取り様だと思う。
残酷だが、優しく暖かい余韻が残る作品。それが「すばらしき世界」という作品だと思っている。


西川美和はもう名監督の域に到達したのだと思う。とにかく撮る作品の重み、深みが他の作品と一線を画している。とにかく刺さる、突き刺してくる。「お前はどうなんだ?」と言わんばかりに。ポーカーフェイスな割に発する言葉の数々はエグい事を吐く奴みたいに。美人な監督なのだが、作る作品達は曲物揃いだ。だがみんな名作だ。

役所広司はもう日本の俳優の中では1番演技が上手いのではないかと思う。日本の映画界においてこれ程長く一線で活躍している人も珍しいと思う。しかもどんな役でもバチっとハマるし、見ている人間達を唸らせる。今回の三上という役はあの役所広司の演技力があってのものだと思う、当然だが。ヤクザ者だか、真面目で不器用でどこか愛くるしい主人公を好演している。
そして仲野太賀ということになるのだろう。最近、日本映画界においてこれでもかってくらいに主演作が立て続けに多い人気絶頂な役者。今作は太賀が演じる津乃田の成長物語としても描かれている。特に後半、三上の背中を流すシーンは絶品。今後の日本映画においても最重要俳優になる事は容易に分かる。
そして脇を固める、橋爪功、梶芽衣子、北村有起哉、六角精児、キムラ緑子、白竜といった錚々たる面々。長澤まさみは津乃田が自分に惚れてるのを分かってて焚き付けるちょっと嫌な元上司を好演。(相変わらずの美貌!あれは惚れるやろ!)そしてワンシーンだけ登場、女神の様な三上の元女房役に安田成美。その他、山田真歩、奥野瑛太、松浦祐也、松澤匠、田村健太郎など日本映画でよく見る俳優達。本当に配役が絶妙、素晴らしかった。
西川美和ファンとしては白鳥玉季が出演している事にちょっと感慨深いものを覚えた。成長してる!


この世界は特に今はコロナなどあって生きづらい。嫌な事の方が良い事よりも多い様な気がする。でもその良い事の為に生きているのだと思う。嫌な事が多くても、その一つの良い事が嫌な事を凌駕する、あるいは忘れる事が出来るからなのだと思う。だから「捨てたもんじゃねぇな」「素晴らしいな」と思える瞬間、時間が確かにこの世界には存在するのだ。当たり前の様に思っている社会の繋がりをちょっとばかり考えさせられる作品。そしてちょっとくらい適当に生きるのも社会で生きていくには必要だと改めて思わされた。



余談だが、雨の窓辺に座る三上のカット…「笠松ショット」を見にいくだけでもこの作品は相当の価値を秘めている。ハッとした!
ま