netfilms

ジャスト 6.5 闘いの証のnetfilmsのレビュー・感想・評価

ジャスト 6.5 闘いの証(2019年製作の映画)
4.1
 刑事たちは待ち構えたこの日の捜査を手慣れた様子で進める。裏手に数人、人をやると堂々と正面突破を試みる。建物は何重にも厳格に施錠されており、刑事たちはここがドラッグの現場だと確信を強めるのだ。昼下がりのガサ入れ現場、うだるような暑さの中に浮かび上がる黒く伸びた影を刑事が見逃すはずがない。次の瞬間、犯人は刑事から逃げるように一目散に走りだす。開巻早々、訪れた追走劇に胸が躍る。いかにもハリウッドの模倣というような展開だが、流れて行く周囲の風景がまるで違う。幾つもの狭い土壁による無限の回廊を抜けると、犯人は工事現場の落とし穴に落ちる。ここにはどこまでも開発途上の風景が拡がるのだ。刑事たちが踏み込むスラム街は幾重にも渡る土管の集合体で、刑事たちの大声にホームレスの男たちがわらわらと溢れ出す。いったい何人がここで生活していたのかと思うほど密集した人の群れはなすすべなく太陽の下へ飛び出してくる。街に溢れる薬物依存者の多くはホームレスだった。薬物撲滅警察特別チームの一員であるサマド(ペイマン・モアディ)は、末端の人間から徐々に上へ上へと慎重に調査を進め、麻薬王と呼ばれたナセル・ハグザド(ナヴィッド・モハマドザデー)を遂に追い詰めようとしていた。

 今作はハリウッド映画を模倣しながらも、同時に凡庸なクライム・サスペンスとは一線を画す。警察がドラッグ組織を芋づる式に追い詰めていく様子は相当丹念に念入りに描かれるが、目立ったガン・アクションやスタイリッシュな追走場面はほとんどない。麻薬王の別荘に乗り込む際も、警察側の心構えとは裏腹に随分あっさりと逮捕に漕ぎ着けるのだ(あろうことか犯人は刑事に後姿を見せ、気を失っている)。だがその後の尋問の過程が壮絶で容赦ない。薬物依存者たちが放り込まれている場所はさながらアウシュビッツの収容所のようで空気も薄く、観ているこちらも気分が悪くなるような劣悪な場所だが、牢屋を作るスピードよりも麻薬に手を染める人々が加速度的に後を絶たないのがよくわかる。麻薬王ナセル・ハグザドも独房ではなく、ここに放り込まれる。数億円の豪邸で自由を謳歌したはずの麻薬王がここでは薬物常習者たちと共に、最下層に放り込まれる。だが一方の警察側も出世競争で一枚岩とは言えない状況なのが何とも歯痒い。そうこうしている間にハリウッドのような勧善懲悪の物語は雲散霧消と化す。手錠をはめて裁判にかける刑事側の勝利は確定しても、どこか腑に落ちず、死が迫ったナセルは家族の前でだけ真実の姿を晒す。

 少年たちの純粋無垢な瞳が印象的だ。鎮痛剤を盗み出した少年も、体操を習う麻薬王の甥も、大人たちが置かれた状況の深い意味など知る由もないが、この途方もない世界で生きる覚悟を背負わされる。髭だけは立派だがもはや日の当たらない世界でしか生きられない大人たちは放っておくとしても、イラン社会の貧困や教育の不備のツケを子供たちには絶対に背負わせてはならないだろう。ラストカットが雄弁に語るのは、もはや個人がどうにも出来ない救いようもない格差に他ならない。今作は高い娯楽性と社会性とが、奇跡的に共存したシリアスで力強いイラン映画史上最大のヒット作なのだ。
netfilms

netfilms