海

失くした体の海のレビュー・感想・評価

失くした体(2019年製作の映画)
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アラームを止めた手、目を擦った手、化粧をした手、猫を撫でた手、ドアを閉めた手、ハンドルを握った手、キーボードを打った手、書類を受け取った手、そっと重ねた手、エンジンキーを回した手、海に触れた手、プリンとマカロニと切り花を持った手、ドアを開けた手、猫を撫でた手、身体を洗った手、猫を撫でた手、母の手を握った手、電気を消した手、猫を撫でた手。(この手から見たわたしを知ったらどんな気持ちになるだろう、猫から見たこの生活のリズムを知ったらわたしはきっともう今と同じようには暮らせないだろう)いつでも自分の優しさは物足りなくて、いつでも自分の知識は物足りなかった。それが満ち足りて感じるときは、かならず誰かが向こう岸に居てくれるときだった。ちりぢりに去っていく季節の中で、狂ったように過ぎてゆく毎日の中で、たったひとつでいいからそうでないものがあってほしい。通り過ぎないもの、どこにもいかないもの、忘れないでいてほしいことを忘れないでいてくれるもの。わたしはそうなりたい。あなたの向こう岸で。
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