ドント

十字架のドントのレビュー・感想・評価

十字架(2018年製作の映画)
3.9
 2018年。弩級。1973年にチリで起きた、軍警察による製紙会社の組合員虐殺事件を語るドキュメンタリー。
 弩級と書いた。何が弩級なのかと言うと、ドキュメンタリーとして破格なのだ。インタビューもない。再現映像もない。捜査や調査の様子も映さない。代わりにカメラはチリの風景を映す。固定して映す。道、街、森、林、線路、川。電車や舟に乗ることもあるが、カメラは運転席や船べりに固定されている。
 チリの街や自然の風景に、供述調書を読み上げる事件現場近くの村民(事件にはほぼ無関係と言える)の声が重なる。時折ネガポジで書類が挿入される。そのように構成されたドキュメンタリーである。9割が風景と、関係の薄い人による調書の朗読。ちょっとこういう作品にはお目にかかったことがない。
 固定されて切り取られているチリの風景はいわゆる「ショット」が決まっていていちいち全てが素晴らしい。そのショットの上を淡々と、村民による朗読が流れていく。事実証言を、無感情にただ読む。内容と風景はほとんどの場面で直接には結びついていない、その結びつきのなさゆえに落ち着かない、寄る辺ない気持ちがまとわりつく。
 そんな気持ちにさせられてから、虐殺現場や埋められていた場所への「墓参り」、さらに新たな十字架を立てる作業を、これまた固定カメラで見せられる。さらに次のシーンでは、道端や森に点在する十字架を見せられる。十字架は幾つもある。幾つも、幾つも。様々な場所にある。無数にある。殺されたのは19人だけではないことがわかる。
 餓死者が続出した収容所の生き残りがただ体験を語るだけのワン・ビン『死霊魂』(期せずして同年に日本上陸)とはまた別の説得力を有している。感情を揺さぶらんとする手つきは本作にはない。「ここで、こんなことがあった」と示されるだけだ。禁欲的な作りだからこそ浮かび上がる何かがある。ただ立っている十字架はさながら幽霊のようだ。歴史の流れに呑まれた人々の幽霊を、我々は見つめることになる。ワン&オンリーの作りとしか言いようがない。
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