"私は、スパイではない…"
イギリス郊外で一人穏やかに暮していた80歳代の老婆ジョーン・スタンリーが、半世紀以上前に、イギリスが開発中の核開発の機密を旧ソ連に漏洩したスパイ容疑でMI5に逮捕されるところから物語は始まります。
彼女の弁護士として、取調べに立ち会ったジョーンの息子ニックは、母が隠してきた驚愕の事実を知る事となります。
…息子は母に言い放つ"知らない人みたいだ…"
時は1938年、ケンブリッジ大学で物理を学ぶジョーンは、ひょんな事からユダヤ系ロシア人ソフィアと出会い、彼女の誘いからコミュニストの集いに参加するようになります。
そこで出会ったのが、ソフィアの従兄弟レオ。
ジョーンは、熱い情熱とカリスマ性を持ったレオに惹かれ、やがて二人は付き合うようになりますが、レオは生粋のコミュニスト。
ジョーンは、コミュニストとしてのレオの考え方に何処か違和感を感じるようになり、愛してはいるものの、彼とは疎遠になっていきます。
大学を卒業したジョーンは、核開発を極秘に進める研究所で働くようになります。
初めは秘書として働いていたジョーンでしたが、その優秀さ故に、研究に深く関わるようになります。
そこに再び現れたのが、レオ。
レオは自分の身分がKGBである事を明かし、ジョーンに核開発の機密を全て漏らすよう依頼します。
ジョーンは、レオの依頼を拒絶しますが、ある出来事をきっかけに、大きな決断をするのです…
ジョーンが、祖国や家族、仲間を裏切ってまで守りたかったものとは、何だったのか…
実在したスパイ"メリダ・ノーウッド"をモデルにした小説を映画化した本作。
イギリス全土に大きな衝撃となったのは、スパイとして逮捕されたのは、ごく普通の隣近所にいる老婆であったこと。
本作の主人公であるジョーンは、80歳代の普通の老婆なのですが、物語は取調べを受ける中でジョーン本人の語りや回想という形で進んでいきます。
老婆ジョーンを演じるのは、名優ジュディ・デンチ〜シワだらけで、ほとんど化粧もしてないようなんですが、史実と同じくとてもスパイに見えない老婆を熱演しています。
秘密を知るキーマンである元外務省事務次官が亡くなった新聞記事を見て、何処か覚悟を決めるような眼差し…映画よりも舞台で磨き上げた演技に引き込まれます。
そして、ほぼ本作の主役と言えるのが、若きジョーンを演じたソフィー・クックソン。
若きジョーンをイキイキと演じていまして、決して派手さはありませんが、知的で聡明な美しさがあります。
ジョーンがスパイ行為に至ったのには、KGBの周到且つ狡猾な工作があるとは言え、ジョーンの純粋な愛故と言えます。
"引っかかった"と言えばそれまでなのですが、ジョーンが守ろうとしたものは、ある意味、崇高で資本主義・共産主義それぞれの主義主張を遥か上に超えたものと言えます。
ですから、80歳代のジョーンは、見た目こそ違いますが、若い時と変わらず、自信を持って堂々と言えたのです…私は、スパイではない…と。
ジョーンの選択には、賛否両論あるとは思いますが、ジョーンの選択と行動が世界を変えたのは事実…果たして、その選択が今後の世界をより良きものに変えたのかは、まだ答えは出ていないと思います。
今作がこの時期に公開されたのは決して偶然ではなく、この時期だからこそ、見終わった後も色々考えさせられる…そんな良作でした。