jonajona

あるスパイの転落死のjonajonaのレビュー・感想・評価

あるスパイの転落死(2019年製作の映画)
5.0
【語り手への不信…作品の構造自体に嘘が取り込まれてるドキドキするつくり】

めちゃくちゃ面白い。いや、めちゃくちゃ面白い。この話は忘れないでおきたい。
正直なんでこのサイト上で評価が低いのか分からない位興奮した。
控えめに言って
この監督or脚本家は天才だと思う。
混み入った構成をしてるけど実に巧みにテーマと演出・構成をリンクさせて作っている傑作だと思う。
これは…すごい!(うるさい)

物語はある男が残した留守電
メッセージから始まる。

『私が君の本の主題だ』

イスラエルが独立直後、エジプトと戦争化にあった時代。戦争のタイミングを図る為、諜報戦は熾烈な争いとなり、イスラエルではかの有名な世界最強諜報機関『モサド』が設立された。
しかしそんな激化する諜報戦の最中。悠々とモサドを騙し、エジプトの二重スパイとしてイスラエルの情勢を握った男がいた。
彼は現在でもなお、エジプト・イスラエル両陣営から『我が味方の英雄的スパイ』として讃えられている。
そのスパイの名は、
アシュラフ・マルワン。

長い歳月を経て、ある1人の男が当時のモサド元長官から話を聞き、その『事実』に気付く。歴史家としての好奇心から彼はイスラエル『モサド』らに取材を敢行。徐々に当時の全容を明らかにしていく…そして彼が描いた『二重スパイ』の物語は、両陣営に大きな波紋を呼ぶ展開となる…
その歴史家の男の名は、ブラグマン。

○感想
ここのレビューで多くが『勝手にスパイの正体を暴いて、死に追いやったかも…と能天気なブラグマンとか言うやつが許せなくて腹立たしいだけ』という酷評でした。
気持ちはわかる。彼のなんと無責任なこと…そう感じざるをえない。ただ、気持ちはとても分かるんですが、この映画は構造上あえてそういったブレグマンの軽薄さ・残忍さに意識が向くように作っていると僕は確信してます。

映画を見るのを中断して、他の方のそのようなレビューを見て『はて?』と思い映画を再鑑賞してると、とてもそんな気がしてきた。物語の構成は前半ですでに見事なもので、後半で失速することはあれど人物をそこまで不正確に描くドキュメンタリーじゃないと感じたんで。
つまり、二重スパイの秘密を暴いたブレグマンの、野心・軽薄さ・残酷性と、彼自身が語る良心の呵責について、彼の人間性を疑う。しかし『ドキュメンタリーを観る上では彼の語りに沿って物語の展開を想定するしかない』ような作り自体が、このドキュメンタリーにおいては意味をもってくる。

それは、諜報戦最盛期当時の伝説の英雄的スパイが一体本当はどちらの陣営のスパイだったのか?真実がどこにあるのか解析できないほどの猜疑心と信頼の現状下で、判断を下すという選択を迫られた各国の状況とあまりに付合する。

後期ではアシュラフ・マルワンから直接話も聞き、本人曰く『彼が本心を打ち明けられるのは皮肉にも私だけだった』とまで語る『暴いた男』ブラグマン。
冒頭のインタビュー登場時から彼は異質な雰囲気を醸し出す。己のことを『ブラグマン』という一人称で呼び、1人のスパイをしに追いやった事について自身が本を出版した事が原因とし後悔の念を示すものの、その常に大仰な仕草口調はまさに『この時が来るのを待っていた』と言わんばかり。誰かが私の発見に注目するこの時を…

アシュラフ・マルワンが確かに相当な胆力の持ち主でカリスマ的人物だった事は間違い無いだろう。エジプトの侵攻をもたらした情報の『4時間の誤差』…海外に派遣されてて最新の情報を知り得なかった、という言い訳であのモサドから全く疑われないのは驚異的である。実際にその誤差でイスラエルは大きな損害を被ってるのに、だ。ただ、彼が真にどちらの陣営のスパイだったのかはどちらにも既にわからないのでは無いだろうか?
真実を知るのは、マルワンだけだ。

だが、『それに気付いてしまった』と語る歴史家が己の底なき野心でもって彼を殺す事になる。どちらの陣営が殺したのかも霧の中。事実はどうあれ、語る声が勝った。
そして、なおも語る。彼を死に追いやった後悔。実に愉快げに。
彼は、あまりにも自信満々に二重スパイ説を唱える。疑うべきだと我々には見えないカメラの裏手の人物は言いたげだ。
だがその疑いすら正しいのかは分からない事も知っている。
その疑心暗鬼の像は、まさにエジプト国王の娘婿として地位を高めたにも関わらず、終わらぬ野心によってイスラエル・モサドに寝返った『とも見える』スパイ、マルワン自身にかかるもの。確かに、ブレグマンの提示する『伝説のスパイ像』はとても物語的で魅力的なのだ…
どちらにせよ、そのスパイは窓の外から投げ落とされた。誰にとも言えないが敢えて言うならブラグマン、この男のせいだ。
彼の二重スパイ説を真に信じるものが生まれたが為に、そのスパイは殺されたのだから。悲しげな表情のブラグマン。
その表情が真が偽りか。

物事の規模は異なるものの、
見事なまでの二重構造によって
疑心と信頼の物語が構築されてる。
度々妻とブラグマンの悪化した関係から示唆されるように、この物語はスパイのみならず誰の生涯の中にも現れる。

マルワンは何を思ったのか?
一体何が真実だったのか?

真実は、見るものに託される。
裏切りのサーカス以来、久々に最高級のスパイ映画を見た気分です。

感想の総括としては、
ラストにブレグマンを糾弾する展開を持ってきて明確化してたけど、それもない位伝わり辛い方が美しかったと思う。
あと、自分を一人称で呼ぶやつはやっぱり信用ならねー(偏見)





追記・覚え書き
○いつNetflixから無くなるか分からないしDVD出てないので、内容を記載しておきます。
以下、ますますネタバレ。

・ブラグマンが提示するマルワンの姿
当時上級将校の息子だった彼は、エジプトナーセル大統領の娘婿となるが、大統領には政略目当てだと疑われ遠ざけられる。そこで政権に対する不満を募らせた。国外で妻と豪遊し暮らし国に呼び戻され監視状態。
その後大統領が襲撃で死に、次代サダト大統領が誕生。前王周囲の自分を快く思わない人間を排除したいタイミングで、有効な情報を提供して次代大統領にうまく取り入るマルワン。その後の政権内で地位を確かにした。
しかし、何故かその後堂々と一般電話からイスラエル政府にコンタクトを取る。初めは驚いたイスラエル政府だが、エジプト最高地位の男が『何の為にわざわざ寝返る?』と考え、またこのパイプを逃す訳にはいかない。その後彼が提供した情報はエジプトの首脳会談でしか知り得ない確かな情報で、有効に諜報を進める助けになった。彼は堂々としていれば疑われない事を知っていて、イスラエル大使館にエジプト政府車で横付けする豪胆な野心家。
そのイメージを結論つけて、信頼を与えた。
しかし、それこそが、エジプト政府の知略であり、マルワンの豪遊や野心家的背景、それに次ぐエピソードは全てその『イメージ』『マルワンの視点から見ないと』という諜報の思考を逆手に利用する為に貼られた伏線の数々だったのだ。その策略通り、彼は見事二重スパイとして堂々とモサドの信頼を得て両陣を闊歩した。

これが(エジプトは黙秘)ブラグマンの見解。だが、そもそも彼は何故そこまでこのスパイに確証を持ったか?

そこが対する意見の核になる。

・モサド・イスラエルの主張
彼は一冊の本からスパイを知った。著者エリ・ゼイラ少将。イスラエル元諜報局長。英雄とされるそのスパイが二重スパイだったと彼は告げた。
が、次は、モサドから言わせると彼は自分の失態をマルワンになすり付けた卑怯者だという。というのも、当時諜報局長だったエリゼイラはマルワンがもたらしたエジプトの奇襲作戦情報を軽視し、その結果戦争で損害を被ったのだ。エリゼイラはその結果をマルワンの夕方に開戦との情報と、実際に奇襲が行われた午後2時の『4時間の誤差』に責任転嫁し、彼が意図的にそれをもたらしたとして弾劾裁判にかけられて以降、訴えるに至った。
そうして生まれた恨み節の著書が、ブラグマンの全ての始まりになった伝記だったのだ。フェイクだ、モサドの他局員はそう証言する。これがイスラエルの主張。

・マルワンとブラグマンの接触
本で二重スパイの存在を知り、編集者からマルワンの名前を確信得たブラグマンが、彼を誘き出す為に二重スパイに関する本を書いた。名前を出さず大統領側近の娘婿と書いた。そしてブラグマンに連絡が来た。
ブラグマン曰く、
2人は会い、マルワンに質問。
ー『なぜ夕方と言った?』彼は笑って、数時間の誤差がなんだ?ビンゴ!『イスラエルを欺いたと認めたも同然だ』その後彼は身の危険が心配だと言い、それだけだった。
2人はその後も連絡を取り合う。マルワンは何を思って彼と交流したのか。

・この中心のマルワンは一向に姿を現さず、周囲が彼の実像について各々の見解をもつストーリー構造に惚れてしまった。
スパイ映画…やっぱ楽しい。
jonajona

jonajona