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オペラ座 血の喝采 完全版のryosukeのレビュー・感想・評価

オペラ座 血の喝采 完全版(1988年製作の映画)
4.0
 冒頭、カラスの目に映る劇場の風景と、オペラのリハーサルに合いの手を入れ続けるカラスの鳴き声。プリマの女優がカラスにキレて劇場を去っていく様子を、大仰に、延々と主観ショット・ロングテイクで映し出した後(そもそもこんなスピードで後ろ歩きするわけがないので映画的な嘘の主観ショットなのだが)、ロングショットの中でさりげなく車に轢かせるこのバランス。開幕早々、ああアルジェントはいいなと思う。外連の魅力をまざまざと見せつけられると、真面目に職人監督やってるのがバカらしくなってこないだろうか。シモネッティの劇伴が期待に反してイマイチパンチ不足だったのと、英語版が吹き替え丸出しだったのは少々残念だが、やはり見応えのある作品だった(自分の好みなだけで傑作とはいえないが)。
 フェミニズム映画批評は、ホラー映画における性的な奔放さへの罰としての死を批判してきたわけだが、本作のヒロインは立派に生き残る。『サスペリア』のヒロインも、序盤に物語上の必然性もなく男を誘惑するような描写がされているが、ファイナルガールの役目を果たすんだよな。ここら辺にもアルジェントの侮れないところがあったりしないだろうか。自宅で知人が殺された危機に、即座に窓から枕を投げ落としてトラップを仕掛けることで対処するヒロインなんて並のタマではない。本作もヒロイン(クリスティーナ・マルシラッチ)の美しさは光っている。アルジェントの美点の一つ。緊縛されている際の恐怖の顔にも嘘がない。
 ブラウン管に映ったヒロインの衣装を拡大し、画面を刃物でカリカリやるなんて、変態殺人鬼の演出の仕方として良いもんだ。彼が、直ちに欲望を実行に移して衣装を切り刻むシーンの、カラスの過剰な不気味さ。ここまで鳴き声を不快に聞かせるか。イタリアホラーだな。針テープのアイデアも流石。『時計仕掛けのオレンジ』みたいなビジュアルだが数倍エグい。ステファノの口内のクローズアップで、下から突き出している刃物が見える辺りの、通常よりもう一歩踏み込む姿勢がアルジェントを他と差別化していると思う。衣装係の口内に金の手がかりが落ちるカット→針の仕掛けを我慢しきれず瞼が閉じるカットへの接続とか、生理的な次元でゾワゾワとくすぐってくる。口内を刃物でこじ開けるにとどまらず、食道を切り裂いちゃうところの徹底具合もアルジェントらしい。
 目薬で主観ショットが潤んでいるうちに、外と中の偽物警官問題が提示されてしまうという外連。いいシチュエーションだ。安心できるはずの自室が、赤と緑に交互に明滅するアルジェント照明に照らされる最悪の空間になってしまう。中と外をめぐる逡巡、サスペンスの後に覗き穴を銃弾がぶち抜くパワフルさの前には敬礼するしかない。ぐるりと回ってマンションの部屋が覗き見できる排気口みたいな舞台装置も素晴らしい。よく見つけてくるよな。劇場のようなだだっ広い空間は正にアルジェントの独壇場。
 犯人の見つけ方が雑で微笑ましい。ぐるぐる俯瞰ショットは楽しいですね。しかも、序盤のサインをめぐる不穏なやり取りで明らかに一番怪しいやつがそのまま犯人というね。動物による執拗な人体破壊はイタリアホラーの定番。眼球をちゅるっとするカラス。クライマックスに炎を放っとけというのは『サスペリア』『フェノミナ』に共通するパッションだ。ただ少々地味なクライマックスだなと思っていたら、もう一発残されていた。
 あれだけ凄惨な光景を見せつけられながら、全然トラウマも残さずに「問題は解決したわ」とか言ってるヒロインの凄みを感じながら、『サスペリア』の最後に謎の微笑みを見せるジェシカ・ハーパーを思い出し、本作のヒロインの母の設定からしても、彼女にも魔女の血が流れているのではないかなどと思いながらヒロインを見つめていると、雑に物語が再起動される。「走れ!」って言われて即座に納得して走り出し、ハードロックが流れるヘンテコさ。爽やかそのものの風景での追いかけっこは微塵の緊張感もなくてなんか笑っちゃう。
 正直締めは弱い。ヒロインに魔女の気配を感じ取れるなと思えば、服に血が飛んで豹変し、でも策略かもなと思ったら、やっぱり犯人をぶん殴るしという感じで、常に一歩先周りできてしまい、衝撃のラストという感じは全然ない。殺人鬼に「魂の解放」とか言わせるのも陳腐すぎる。でも結局このチグハグさも受け入れてしまう。これがファンってことだろうか。
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