せーじ

スキャンダルのせーじのレビュー・感想・評価

スキャンダル(2019年製作の映画)
4.1
323本目。
我らが(?)セロン姐さんが、ニコール・キッドマンやマーゴット・ロビーらと共演し、みっともないセクハラおやじを叩きのめす映画らしい…ということを予告で知って、ずっとチェックしていた作品でした。ですが、なかなか観るタイミングが無くて、ルーレットのリストに入れることに。このタイミングでようやく当たり、観ることが出来ました。




…なるほど…
正直、爽快感はそこまで強くは感じられなかったのですけど、鑑賞後に色々と調べていくうちに、現代アメリカの巨大メディアの一角を担うテレビ局の内幕と政治との繋がりを知ることができ、勉強になりました。

■FOX News Channel について
ヒロインたちが勤めているFOX News Channel(FNC)とは、雑誌「タイムズ」、経済紙「ウォールストリートジャーナル」、映画配給会社「20世紀フォックス」などを傘下に収めるメディア企業「ニューズ・コーポレーション」(現フォックス・コーポレーション)が、本作の黒幕であるロジャー・エイルズを社長に据えて設立した、ニュース番組専門のケーブルテレビ局です。設立は1996年と比較的最近ですが、代理店への販売奨励金キャンペーンを強化した結果急速に加入者を伸ばし、現在では全米で数千万人もの加入者をかかえる、巨大メディアへと成長しました。
アメリカのテレビ局というと、三大ネットワーク(ABC、CNN、NBC)が有名ですが、それらとは根本的に報道姿勢が異なっていて、リベラル寄りな三大ネットワークとは対照的に保守的であり、悪く言うと共和党にべったりな報道姿勢なのだそうです。クリントン政権時に起きたいわゆる「不適切な関係」スキャンダルを煽りに煽りまくり、9.11の時は「犯人はイラクである」という報道を一日中ずっと流し続けていたテレビ局なのですよね(のちにそれは間違いであることがわかりますが、テレビ局として報道の訂正はしていないそうです)。また、銃規制問題では規制反対の立場に立ち「学校での乱射事件も学生が銃で武装していれば防げた」といった意見を推すようなテレビ局…だと言えば、どういうオピニオンを発信しているのかがわかり易いと思います。そのようなテレビ局で起きた大スキャンダルを描いたのが本作であるのだといえるのですが、このあたりの「既存のメディアが押し付けようとしているイデオロギーに縛られない、イキがよく、しかも急速に支持を拡大している(裏返せば逆張りをゴリ押しして扇動している)メディアの中で起きたこと」であることを知っておくと、本作を理解しやすいかもしれないです。逆に言うと、アメリカと日本とではテレビ局をはじめとしたメディアの成り立ち方がそもそも違うので、そういったことを知らずに観てしまうとわかりにくい部分があるのかもしれません。

■なぜ「寄せる」メイクを施したのか
本作でメーガン・ケリーを演じたセロン姐さんの姿を観て、驚いた人も多いと思います。『ウィンストン・チャーチル』でもアカデミー賞を獲得したカズ・ヒロ(辻和弘)氏のメイクと演技によって、メーガンに「寄せる」姿を見事に披露していましたよね。どうしてそういうことをしたのかというと、おそらく本物の「ニュース映像」に映っているメーガンに、極限まで寄せようとする意図があったのだと思います。そのおかげで、ニュース映像でトランプ氏とやりあうシーンでは、ホンモノの映像を使っているのにも関わらず、まるでセロン姐さんが出ているのではないかと思ってしまうくらいの実在感が映像に備わっていて、純粋にすごいなと思いました。よくある「伝記映画でエンドロールにご本人が登場!」するような演出とは根本的に意味合いが違ってきますよね。そう考えていくと冒頭の「おしごと紹介シーケンス」も、まるでメーガン本人がFNCを紹介している様に作り手が見せようとしている…ということがわかりますよね。徹底しているなと思いました。もちろん他の出演者にもそういったメイクによる脚色が施されているのだと思います。凄いのは、どこにどうそれを施しているのかがわかりにくい所ですよね。不自然さを感じさせない工夫が凝らされていることに驚いてしまいます。
ちなみにこの作品、実在の人物には映画を作ることについて許可を貰わずに映画をつくっているのだそうです。もちろん訴えられたら戦う覚悟で。そのことについての議論はどうあれ、このあたりの胆力は日本の映画界をはじめとしたメディア界も見直すべきことなのではないかなと思います。

■三世代の女性たちと彼女たちの周囲に居る人々
被害者側の女性アナウンサーたちを「ベテラン」「エース」「新進気鋭」の三人に絞って、それぞれの動きを群像劇的に描いたのは、とてもクールでスマートだと思う反面、少しわかりづらい印象を受けました。三人で共闘して男どもをぶっ潰す!みたいな安易な描き方ではなく、結末もビターな終わり方でしたからね。それだけに、画面上で起きている出来事がリアルに感じられ、ラストカットの最後の一行にも重みを感じました。
個人的に感情移入してしまったのは、彼女たち三人というよりも、彼女たちの周囲に居る人々ですかね。特に、マーゴット・ロビーが演じる新人アナウンサーさんの同僚でメガネをかけていた彼女に、個人的にはぐっと感情移入してしまいました。堂々と写真立てを飾ることができる日々が来ればいいなぁ…(でもそれは難しいのだろうなぁ)と思いましたね。
単に「告発」だけを描くのではなく、それによっての影響と波紋、そしてその結果引き起こされることになるそれぞれの"葛藤"を描くというのも、ドラマとしてはとてもよかったです。もっとも"決定的な一撃"が後出し気味になってしまったように見えたのはちょっとどうなのかなとは思いましたが、そこは仕方が無いですね。むしろこういった出来事が起きてからこんな短期間で、こういう映画を作ってしまうハリウッドの胆力とそれを受け入れてしまうアメリカという国の懐の深さを見習いたいものです。

※※

ということで、単にセクハラや性的差別の問題だけに留まらず、巨大メディアの内幕や人々の葛藤と想いも窺い知れた作品であり、観る価値があった作品だと感じました。ただ、何も知らずに観るとわかりにくい部分が多いと思うので、鑑賞前後に解説にあたることをおすすめしたいです。
その上で更に見えてくるものがある作品だと感じました。
興味がある方はぜひぜひ。
せーじ

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