ワンコ

読まれなかった小説のワンコのレビュー・感想・評価

読まれなかった小説(2018年製作の映画)
4.5
井戸のなか
最近、父の七回忌を済ませた。
なかなか、共通の価値観を見出せず、二人には軋轢も多かったような気がする。
お互いの、心ない言葉で傷付けあったこともあるが、それも、もう思い出だ。
ただ、今は位牌に向かって、母が病気になったりしないように見ててくれ…、みたいな勝手なお願いを相変わらずしている。

そして、最近、母に若干認知症の初期症状が出ている。
あまり、母親といろいろ話したことなどなかったので、その権威の先生のいる病院の行き帰り、車で片道1時間以上かかるのだが、車のなかで二人きりの助手席の母に色んな質問をしている。

最近の記憶はまだらのところもあるのだが、幼い時のことなど、鮮明に覚えていて、驚かされる。

ジェームズ・ディーンが好きで、特にジャイアンツが好きだったことは前に何度か聞いたことがあったが、戦前にミッション系の幼稚園に通っていたことなど初めて聞いた。
アカシアの綺麗な小径があったことや、その近くに、今、国の有形文化財に指定されている建物があったこと、夜遅くまで働く父親(僕の祖父)にお弁当をよく届けに行ったことなど、キラキラした思い出のように話すのだ。

戦争や戦後の大変だったことを聞いたことはないが、出来れば、何か聞く時は、楽しかった思い出に誘導しようと思う。

この間は、幼稚園で、「パパ様、〇〇」といつも唱えていたと言っていたが、運転中で聞き取れなかった。

因みに、祖母は禅宗のお寺の娘で、今で言う短大のようなところで教えていたことがあって、差別を嫌うリベラルな人だったが、戦前に母をそんなミッション系の幼稚園に通わせていたことは知らなかった。

僕は、
井戸に水は出ないように思う。

井戸を掘ることは、実は、小説を書くことと同じではないか。
そして、水が出なかったことも、小説が売れなかったことも同じではないのか。

でも、井戸には、何か、あの父子の思い出や、売れなかった小説の苦い記憶が、そして小説にも同様なキラキラものがあるように思える。
ワンコ

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