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ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッドのTOTOのレビュー・感想・評価

3.5
『タランティーノの復讐――」

1969年8月に起こった「テート・ラビアンカ事件」は世界中を震撼させました。現場はビバリーヒルズのロマン・ポランスキー邸。ポランスキーはポーランド出身で映画『ローズマリーの赤ちゃん』で一躍時代の寵児となった注目の映画監督です。
被害者はポランスキーの妻であり、女優として活躍していたシャロン・テートと、その友人ら4名。その晩、ポランスキーは不在でした。
ポランスキー邸に忍び込んで殺戮に及んだ加害者はカルト指導者チャールズ・マンソン率いる「マンソン・ファミリー」の4人。
彼らは郊外の撮影用牧場で集団生活を行い、マンソンの異様なカリスマ性と、LSDなどのドラッグによって常軌を逸した精神性を持つ集団となっていました。そしてその晩、チャールズ・マンソンの偏った私怨から凶行に及んだのです。
シャロン・テートはポランスキーと結婚したばかりで当時妊娠8ヶ月。テレビドラマや映画で女優としても脚光を浴び、才能豊かな夫と出会い、間もなく生まれ来る我が子との明るい未来に希望を馳せる、まさしく幸福の真っ只中にいました。
そこに現れた異常な殺人集団はシャロン・テートの「お腹の子供は助けて」という訴えにも耳を貸さず、4人をめった刺しにして殺害したのですた。殺害現場にはシャロン・テートの血で「豚-pig」と残されていたそうです。

『レザボアドッグス』でその名を轟かせ、『パルプフィクション』で不動の名声を得たクエンティン・タランティーノは、いつか「復讐」を行う事を計画していたのでしょう。
近代アメリカにとっても、映画界にとっても、シャロン・テートの悲劇は、あってはならない事でした。
スクリーンの中のシャロンは美しく、天真爛漫で、笑顔がチャーミングな女性でした。スティーブ・マックイーンや、ブルース・リーなど当時栄華を極めたスターの友人に囲まれ、祝福され、まさしくハリウッドの主役に相応しい人生を謳歌していたのです。
その無垢な笑顔には一点の曇りもなく、眩しいほどきらきらと輝いていました。だからあのまま、幸福な人生になんの障害もなく、順調に時間が流れていたら――。思わずそう考えずにはいられません。
誰もが考える歴史上の「If」、それを形にしたのが『ワンスアポンアタイムインハリウッド』なのです。

作中でタランティーノはシャロン・テートにもう一度、幸福な日々を過ごさせています。好きな歌を口ずさみながら家事を行い、自分が出演している映画をこっそり観に行って観客の反応に満足し、例の晩も古くからの友人に囲まれて楽しく過ごしていました。
スーザン・アトキンスら、マンソン・ファミリーは訪ねる家を間違えてしまったのです。
ポランスキー邸の隣には落ち目の映画スター、リック・ダルトンとそのスタントマンであるクリフ・ブース。そしてクリフの愛犬(ピットブル)ブランディがいました。
かくしてここからタランティーノの私的復讐劇が幕を明けます。
それは徹底して残虐なバイオレンス描写にも関わらず、憐憫の情が立ち入る隙など微塵もないほどただただ痛快です。
もっとやれ、徹底的にやれ、そう声をあげたくなるほど。それほどマンソン・ファミリーが奪った「幸福」は許しがたいのです。
 
警察や救急車の到着で隣家の騒動を知ったシャロン・テートの友人ジェイ・セブリングは表まで出て来て、憔悴するリック・ダルトンに声を掛けます。
そしてインターフォン越しにシャロン・テート本人と話すダルトン。
やがてポランスキー邸の扉が開き、リック・ダルトンは新しい友人になるであろうシャロン・テートとの親交を深める為、敷地内に入って行きます。
そこでクレーンカメラがゆっくりと上昇して、俯瞰から、握手して挨拶する彼らを映し出し、そこでタイトルバック。

『Once Upon A Time In Hollywood』
昔々、ハリウッドでこんなことがありました――。 
 
このラストで拍手喝采です。
『パルプフィクション』以来、久しぶりにタランティーノ作品に歓喜し、満足し、心から堪能できた気がします。
ただ唯一気に入らないのは、ブルース・リーの描き方だ。あまりにエゴイスティックで小物扱いされている。これだけはどうしても納得いかない。
ブルース・リーは確かに上昇志向の強い人でしたが、もともと俳優よりも武道家に軸足を置いており、身体は小さくとも、スピードと技の切れは一級品でした。
だからスタントマンのクリフ・ブースにあんなに簡単にやられる訳がないのよ。
タランティーノ自身、映画『キル・ビル』でユア・サーマンに『死亡遊戯』のトラックスーツを着せているから、てっきり尊敬していると思ってたのにな。
それだけがこの作品の汚点です。残念。
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