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スパイダーマン:スパイダーバースの都部のレビュー・感想・評価

4.5
2011年 バラク・オバマのアフリカ系アメリカ人初となる大統領就任を受けて原作 ブライアン・マイケル・ベンディスと作画家サラ・ピチェッリにより創成された黒人のスパイダーマン──マイルズ・モレラスのヒーローオリジンを色彩豊かなCGアニメーションとして描きながら、多次元世界のスパイダーマン集結イベント"スパイダバース"を彼の物語を補強する形で取り扱うことで、本作は極めて調和の取れた傑作となっている。

アニメーションの完成度は言うまでもなく最高です。2018年までに上映された総てのCGアニメに優ると断言出来る先進的な表現の宝庫であり、様式化された漫画のコマとコマの間の動きを意識した映像の繋ぎは継続的に行われるアクションの質感を高め、映像作品としてのエネルギーが加速度的に高まるような高揚感を覚えることは請け合いでしょう。アニメに寄せたコミックではなくコミックに限りなく寄せたアニメ、その方針を極める形で本作は新たなアートスタイルを確立していると言っても差支えはないように感じられる。明らかに情報量が過密な作品であるはずなのに、物語 そして映像は渋滞せず、意図的に残された印象的なネガティブスペースを巧みに扱うことで計算された そして理知的な映像の構成に成功しています。この妙が最大限に活かされた摩天楼からの落下シークエンスが本作のハイライトになり得ているのが何よりの所作です。アメコミで用いられがちな自己言及的な付箋テキストや滑稽な効果音も演出として果敢に取り入れ、さながら頁を捲る手が止まらないように観客は目の脳でもってして遊び心と計算高さが十全の117分を駆け抜けるでしょう。

映像面同様に脚本もまた優れています。

主な脚本を務めるフィル・ロードの過去の作品群、『LEGOムービー』『21 JUMP STREET』から一貫している "周囲から望まれる期待を果たせない個人が自分に出来ることを見つめ直して再起する" また "望んでもいない自分に与えられた枠組み/才能を受け入れて新たな自己を獲得する"というテーマが、語り部:マイルズ・モレラスのスパイダーマンとしての完成を形作るオリジンストーリーに華麗に機能しているからです。

マルチバース設定──同じ葛藤を抱え、同じ傷を既に受け入れている、ある意味で人生の先輩である彼等。それを対称の位置に置くことでマイルズの物語は阻害されず むしろ克明なものになり、そうした配置が物語をカオス化させる設定を理性的に取り扱っているのが素晴らしい。
ではこれはマイルズだけの物語であるかと言えば、それははっきりと違くて、マイルスの物語が他のスパイダーマンの人生を掘り下げる形で物語をより濃厚な物にしています。このナラティブ性に優れた脚本は、一瞬の遣り取りや表情から彼等の人生に既に到来している悲劇性をバックストーリーの開示を抜きに観客にひと目で理解させ、マイルズと同じ推量のドラマを抱えた個人であることを証明しているのです。本作においてペニー・パーカーが新たな喪失を経験するシーン、この一連の表情を切り取った場面は個人的に摩天楼に並ぶ名シーンであるように感じられ、それに対する他のスパイディ達の対応にも一面的でない奥行きを覚えます。こうした同じ境遇にある平行世界の自分との共鳴を喜怒哀楽並べて感じさせるシーンの積み重ねが、『私たちは1人ではない』という彼等が獲得する心の支えを言葉ではなく心で理解させる作りになっているからこそ説得力も充分なものになっている。

映像と脚本の両輪を十全に機能させている本作は紛れもない傑作であり、シネコンで見るべき価値のある複数のシークエンスが、その映画としての完成度を更に練り上げています。最高!
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