Tully

スターリンの葬送狂騒曲のTullyのネタバレレビュー・内容・結末

スターリンの葬送狂騒曲(2017年製作の映画)
3.8

このレビューはネタバレを含みます

映画は崩壊した社会主義大、ソヴィエト連邦の独裁者スターリンの後継争いを描いている。といってもこれはロシアの映画なのではない制作国はイギリス、フランスなど自由主義の国々である。まさか東西冷戦時代ではあるまいし、と日本の側からは思ってしまう。しかし欧州はそんな旧ソ連とは陸続きだ。一見他人の国の混乱を皮肉るという趣向には、余計なお世話ではないかという思いになる。だが映画にはそんな思いを吹き飛ばすような緊迫したものが感じられる。最近の国際情勢が映画には深く根付いている。最近ロシアの復活が目覚ましいが、このことが映画の背景にあることは間違いないところだ。そう観ると、本作に込められた風刺は、単なる文学的風刺ではなくもっと切迫した危機感の表れではないかと思う。映画はスターリンの粛清の様子を描くところから始まる。粛清での犠牲者は2千万人ともいわれ、ただひとりソ連大統領となったゴルバチョフ氏も父親が犠牲になっている。相互監視がスターリン時代には平然と行われていた。家族を告発する。それも場合によっては無実であっても、自分を守るために平気で家族を売る。そんな実態が映画の中でも描かれている。主要な登場人物は、スターリンの側近である。彼らはスターリン独裁にこびへつらうことで自己保身をしている。そんな彼らに、スターリンが危篤との情報が入る。早速側近連中はスターリンのもとに駆け付ける。そこで医者を呼ぶことになるが、まずその意思決定で多数決が始まる。しかも優秀な医者は粛清で処刑され、残っているのは無能な連中ばかりという状況も皮肉たっぷりの場面だ。やがてスターリンの死亡が確認され、そこでも事情を知る者は残らず始末されるという人命軽視の場面となる。そこから側近連中による後継者争いが始まる。次の書記長すなわちソ連のトップになったのは、副書記長だったマレンコフだった。だが彼は判断力もないし、「能力知力」 の面で執務能力が疑わしい。そこでマレンコフの次期あるいは彼の側近になり、事実上の実権を握るのが誰なのかということでの争奪戦となる。当初は警察長官のベリヤがリードしていた。しかし政敵のフルシチョフは巧妙に反撃を繰り返し、彼を反逆者に仕立て上げてゆく。冷酷なラストは、権力闘争の醜さを暴き立てる。だが途中に描かれる彼らの無様な様子にこそ、映画の一番の見せどころがある。棺を乗せたトラックの次にくっつこうとする側近らの車が集中する場面など皮肉な象徴があちこちに込められている。政治映画には違いないが、その切り口はブラックユーモアたっぷりだ。そこからは権力というのは所詮このような腐敗や無様な現実なのだというメッセージが込められている。ソ連を舞台にしたのは、現在のロシアの実力者に対する紛れもない揶揄である。この政治劇の添え物として描かれる、生放送のクラシック音楽のラジオ収録の場面が、内容を集約した皮肉として掲げてある。役者はほとんど馴染みがなく、それがまたいい。有名俳優の演技合戦よりも、ロシア人に抜け抜けとなりきる俳優達の、演技合戦も見ものである。ただそれゆえ、人物関係を追いかけるのは難儀かも。ソ連の当時の政治について、ある程度知っておく必要があるかも知れない。
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