emi

コンプリシティ/優しい共犯のemiのネタバレレビュー・内容・結末

3.7

このレビューはネタバレを含みます

技術実習生として日本にやってきた中国人の青年"チェン"が、ひょんなことから身分を偽り蕎麦屋で働き始めるというお話。

チェンは元々蕎麦屋になるつもりはない。実習先の企業から逃げ出した後、犯罪紛いの仕事を斡旋する怪しい業者を通して不法滞在をするための身分証と携帯を購入したのだ。リュウという人物が提供された携帯の以前の持ち主らしい。その携帯に舞い込んだのが蕎麦屋での住み込みの仕事だった。

本作の見所は藤竜也さん演じる蕎麦屋の店主"弘"との交流。実の息子と上手くいかない職人肌の老人と、嘘を隠した孫ほど歳が離れたリュウを名乗る異国の青年。どちらも口数は少なく、2人の仲は専ら弘の娘が取り持っていた。仕事を通し、僅かなやりとりを経て、やがて蕎麦打ちを本格的に教えるようになっていくのは弘が彼の事情を察した時からだ。

身分がばれそうになったとき弘を突き飛ばして逃げだしたチェンだったが、雨に打たれ大泣きした後、自ら蕎麦屋に戻ってくるのだ。全てを話すつもりだったのかもしれない。
しかし弘は何も訊かず静かに仕事に戻るよう促す。そして集中的に蕎麦打ちを教え、晩酌しながら北京で店でも開いたらどうかと勧めてさえくれる。

チェンに突き飛ばされた時、弘は驚いたような悲しさのような複雑な表情を湛えていた。最初は裏切りに対する悲しみかと思ったが違ったのかもしれない。事情はわからずとも、リュウがどのような思いでこの国で身分を偽るに至ったかを察したのかもしれない…と思った。
だから彼は戻ってきたリュウに娘に暇を出し店を閉めてまで蕎麦打ちを教えたのだ。2人にはそんなに時間が残されていないと気づいていたから。

実際チェンは体の悪い母親と歳をとった祖母の元で育ち、祖母がかき集めたなけなしのお金で日本に来た。1年もあれば元がとれると勧められ希望を持ってやってきたのだ。
それがどうだろう。おそらく技術実習での過酷な労働に耐えかね(映画では殆ど明示されていないが、チェンは真面目な青年で多くを背負って日本にきている。簡単に投げ出すような人柄には見えない)、異国の地で生きるために犯罪に手を染め、怪しい商売をする人々にぼったくられ、挙句実家の母には電話で圧をかけられ、祖母は体を壊して亡くなってしまう。…こんなつもりで日本に来たわけではないだろう。

彼がしていることは不法滞在に違いなく、最終的に弘が取った行動も手放しに賞賛できるものではないが、そうしたくなった気持ちもわからないでもない。だから弘も優しい共犯者になったのだ。
2人の時間やチェンの言葉は嘘ではない。だからお金と白紙の配達先を渡し自分で未来を選びとるように伝えた。

観る側に委ねるような形でエンディングを迎えるので賛否はありそうだが、私は葉月に本当の名前を伝えたリュウは再びチェンの人生に戻り、出頭して国に帰りどこかで弘に教わった蕎麦を打っていてくれたらいいなと思っている。個人的にはとても好きな作品だった。

ただ気になった点はいくつかある
本当に良いシーンは多いのに、現在と回想が交互に入れ替わるため話のテンポがあまり良くないのが勿体無い。チェンの過去はもう少しコンパクトにまとめて描いても良かったのではないか。

またラストシーンの映画タイトルきっかけで葉月に本名を伝えるシーンも『君の名は』で、なんだか脳内で前々前世してそこだけズコーってなってしまった。
チェン自ら名前を告白する流れとかの方が感情移入できたかなと…まぁ、あくまで好みですが。

藤さんの演技がとてもとてもよくてね…
2人で一緒に北京で蕎麦屋、やってほしいよー!

そういえば弘さんの亡くなった奥さんの写真、吉行和子さんだった?昔共演されてるし特別出演なのかな。
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