netfilms

アトミック・ブロンドのnetfilmsのレビュー・感想・評価

アトミック・ブロンド(2017年製作の映画)
3.7
 開巻早々、New Orderの『Blue Monday '88』のデジタルのリズムが鳴り響く中、1人の男が壁をよじ登り、安全な場所へと逃げ込もうとするが、男の身体は無残にもトラバントに挟まれ、路上に突っ伏す。1989年ベルリンの壁崩壊前夜、当時アメリカの大統領だったロナルド・レーガンによるミハイル・セルゲーエヴィチ・ゴルバチョフへの和解の訴え。今作の背景には東西冷戦末期の世界情勢が横たわる。曇りがちな空の下、すっかり秋風で冷え込むベルリンの街へロレーン・ブロートン(シャーリーズ・セロン)が重要な任務でやって来る。濃いめのアイ・シャドーにブロンドの髪、タイトなミニスカートに身を包む女はイギリスの秘密情報部「MI6」が誇る最強の女スパイとして、東西冷戦の象徴となったベルリンの地へやって来る。女の顔にはまったく笑みがなく、アメリカ中央情報局CIAの秘密のアジトへと呼ばれたヒロインは、終始気怠そうな表情で煙をくゆらす。冷酷無比なスパイたちの二転三転するドラマ構造、トーマス・アルフレッドソンの2011年作『裏切りのサーカス』で英国諜報部員の幹部を演じていたトビー・ジョーンズが再度登場するあたり、今作は『007』シリーズ以上にジョン・ル・カレのスパイ小説のイメージを見事に踏襲していると言っていい。

 かくしてイギリス、ソ連、アメリカ、フランスの四つ巴の諜報作戦は、国の威信をかけた個人vs個人の代理戦争の様相を呈す。ガスコイン(サム・ハーグレイブ)が手にしていた幻のリストを巡る神経戦はやがてロレーンを絶体絶命の危機に追いやる。米・英・仏など資本主義陣営に統治された西ドイツと、旧ソ連など社会主義陣営に統治された東ドイツの分断は人間だけではなく、文化の分断をも及ぼし、共産主義統制下で無言の圧力を受けた東ドイツの若者は西側に淡い理想を夢想するのだが、今作には夢破れた若者たちの強い自己顕示の苦い結末を見る。当初からロレーンの背中を追ったデルフィーヌ・ラサール(ソフィア・ブテラ)との同性愛のロマンス、裏で暗躍するメルケル(ビル・スカルスガルド)の苦悶に満ちた表情など見所は多々あるが、今作の一番の魅力は、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のフュリオサを凌ぐようなロレーンの大活躍ぶりだろう。一切笑みを見せない女性はアメリカCIAの命を受け、リスト探しのミッションを要請されるのだが、彼女の肉弾戦が素晴らしく、特に後半のアパルトマンの踊り場での7分強に及ぶ長回しの死闘は素晴らしい。フライパンや家具、栓抜きやホースなどその場にあるものを手当たり次第に武器とするロレーンのアクションは、「ガンフー」を主とする『ジョン・ウィック』シリーズの進化系としての輝きを放つ。個人的にはベルリン・アレクサンダー広場の先で上映されていた映画が、アンドレイ・タルコフスキーの79年作『ストーカー』だった事実に興奮が抑えられなかった。
netfilms

netfilms