囚人13号

一晩中の囚人13号のレビュー・感想・評価

一晩中(1982年製作の映画)
4.1
個人的にかなり好みかもしれない。一夜モノ(オムニバス)というより更に抽象的な、不特定多数の人間による愛の断片集だがこれはアケルマン以外には男性にも女性にも撮れない非常に特殊な映画であったと思う。
不格好な抱擁を交わしては破局する様子を延々と紡いでいるようで映画とは思えぬ心細い照明設計が画面上のドラマに不必要な要素を闇に包んでしまう冷ややかさ、そこはブレッソンやドライヤーと似通った部分があるものの性に対するアケルマンの意識は群を抜いている。ここまで執拗に抱擁を見せておきながら室内における決定的な行為を省いてしまう時空間の切除、ラジオ音楽/足音/扉の開閉音/タイプ音は誇張ではなく静寂によって際立たされ、雨一滴降らないうちに鳴り響く轟雷が初めて画面全体を照らし出す瞬間のおぞましいサウンドは…怠慢な客の睡眠をも妨げてしまう。

女は扉が閉じられると追うのをやめるが男は未練が断ち切れずに叩き続け(凄くうるさい)、ついに抱擁すら許されない者まで出てくるが顔の判別すら儘ならない照明は意図的に観客の判断を制止し、しかしカメラからある程度の距離を置かねば人物は存在すら確認し辛くなり男女の姿が並んで闇夜に消えていくときにのみその成就を認識できる不可思議さは全編通して変わらない。また暗闇でありながら有り得ないほど正確な輪郭で浮かび上がる人影は画面の闇以上に黒く、そこに刻まれたアクション一つ一つがパートナーの不在を補っているようにも思える。

つまるところ本作はこれで一つの完成形を呈しているし、個人的主観とはいえ90分を一晩に感じさせてしまう逆説的な凄さは映画史を展望してみても(少なくとも自分の狭い見聞では)他が思い当たらない。ただ唯一手を加えるとすれば本当の一晩分の尺にすることだが、そうなるとこれ以上の映画になっていたというごく僅かな可能性と同時に『ジャンヌ・ディエルマン』以上の取っ付きにくさが増す。
しかし冷静になってみると『一晩中』こそ映画館という、暗闇かつ閉ざされた無二の特権的空間でのみ効力を発揮できる映画の最たる例かもしれない。ただでさえ誘惑の多い自宅では一時停止を連打してしまうだろうし、事実自分の横で観ていた男は映画館なのにスマホで時間を確認していた。制限された光量から一種の快楽を受亭する本作において横からのブルーライトは公害レベルの超絶大迷惑。
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