YAJ

奇跡の教室 受け継ぐ者たちへのYAJのネタバレレビュー・内容・結末

4.2

このレビューはネタバレを含みます

【Les Heritiers】

 またヒトラー、アウシュビッツ関連もの? でも現在(いま)を描いた映画でした。とってもオススメです。

 先日読んだ沢木耕太郎の本(『世界は「使わなかった人生」であふれている』)で紹介されている著名人(淀川長治、吉永小百合)の”使わなかった人生”(もし今の人生を選んでなかったら?という意味)はどちらも「教師」だった。あの世代が思い描く教師像と、モンスターペアレンツが跋扈する昨今の教師像には大きな隔たりがあろうかと思うが、かつて聖職とも言われたその職に憧れを抱くのは、教える喜び、人が成長していく姿を見る喜びがあるからだろうか。

 そんな教師冥利に尽きる”実話”を元にした作品。 2014年フランス映画。
 筋立ては学園もの?教師物語?の定番中の定番。校内でも落ちこぼれの問題児が集まるクラスが熱意ある教師の指導で起死回生の躍進を遂げるというもの。新庄慶(@「ROOKIES」)的な一番の問題児が最後にクラスの輪に入り檜舞台でいいところを見せる筋書も水戸黄門並にド定番、むしろステレオタイプを地で行く潔さだ。

 なのに、それが高い評価を得て、各映画賞を受賞しているのは、そこに”今”という要素が巧みに織り込まれているからだろう。



(ネタバレ含む)




 舞台はISの連続テロ攻撃を受けるフランス。多民族が混然と暮らす国。 時代は数年前の話だが、現在と同じように格差、宗教問題、人種差別、移民問題etc. etc.…があり、そうした社会の諸問題の縮図が学校で、ひとつの教室ということだ。

  29もの民族がひとつのクラスに居る。そんな状況、日本の教師に想像できるだろうか。放っておけばバラバラになるクラスを(すでに新学期早々そんな状態だ)、全国歴史コンクールへの参加を目標に求心力を高める手法を採るが、それだけでまとまるほど現実は簡単じゃない。これをやってのけるには生徒との日々の接し方が大事ということが随所に印象的に描かれる。

 女性で小柄だけど、どの生徒にも分け隔てなく毅然な態度を執り、担当の歴史の授業では、カトリック教の宗教画を使いイスラム教等他宗教が地獄に居る様を見せるが、それはプロパガンダだという”見方”を教える(カトリックの世界観が正しい云々ではなく、そういう教義や考え方も一元的、一方的なものにすぎないと教えている)。
 きっと生徒たちは逆もあり得る、どちらも主義や立場の違いから主張しているのに過ぎないということを学んでいくのだろう。

 極めつけは「あなたたちを信じているのは私だけ?」と語る先生のひと言。信じること、見捨てないこと。その信念で、有り余る若いエネルギーを正しい方向に発散させる道筋の付け方、生徒との向き合い方が見事というか、至極まっとうだ。
 仏のベテラン女優アリアンヌ・アスカリッドが主役の教師アンヌ・ゲゲンを、生徒を立てるように目立たず好演している。

 冒頭、ヘジャブを巻いた見るからにイスラム教徒の母娘と、校長、教師とのいがみ合いのシーンで始まる。一気に緊張感あふれるフランスの現状を認識させる。
 そんな大きな世界規模な社会問題を背景にしつつも、それらを身近な問題として落とし込むマリー=カスティーユ・マンシオン=シャール監督(長いな、名前!)の手腕が巧みだ。

 クラスの多民族性や難しい宗教の問題を、改宗して名前を変える生徒の存在で意識させる。不良の問題児の背後には家庭環境(飲んだくれで家事すらしそうにない母親と二人暮らし?)があることを垣間見せ、その一方で無口な生徒(自閉症気味?)が自信を付けて声を出すようになったり、そんな小さなステップアップのエピソードの挿入も忘れない。
 それらのシーンが執拗でなくサラっと差し挟まれるから、大人数の出演者なのに2時間未満の尺に見事に収まっている(1時間45分とは思えない濃厚さを湛える内容だ)。

 ディーテールの見せ方も上手い。勉強しそうにないラッパーな連中がBeatsのヘッドフォンを堂々と首にぶら下げ授業を受けているが、コンクールに向けてやる気が出てくると、図書館でそのヘッドフォン付けて資料DVDを閲覧している。そんなシーンにはクスっとさせられる。

 この巧みな脚本や、さもありなんな生徒たちの描写は、共同脚本に名を連ねているアハメッド・ドゥラメの存在が大きいのだろう(ウィル・スミス似の彼)。なにしろストーリーの原案者であり、まさにこのクラスの体験者だというのだから驚く。
 映画の中でも将来の夢を訊かれ俳優になりたいと語る初っ端のシーンがある。ゲゲン先生からは成績の悪さから「オーディションで落とされる」とダメ出しを喰らうが、その後この映画をキッカケになのか、ラストのテロップで彼は映画関係の仕事をしていると紹介される。こんな素敵な実話があるんだと観客は最後にもう一度感動させられてしまうからお見事。

 作品タイトルは副題に原題(Les Heritiers=後継者たち)を含ませている(メインの「奇跡の教室」も悪くないけど)。
 生徒たちが受け継ぐのは何か? 教師の愛、仲間と共同作業する素晴らしさ、その体験と成果。そうしたものを、その後の人生の糧として受け継いだに違いない。

 それともうひとつ。それは全国歴史コンクールの当日、プレゼンに立つ新庄慶(メアリー?)のスピーチが、研究の過程で招聘したアウシュビッツ被験者(レオン・ズィケル氏)の声とカブるシーンだ。 歴史の事実をしっかりと受け継ぎ、語り継いでいくことを巧みに表現していた。
 こうした歴史継承は現在難問を抱えるフランスにあって、というか世界中の人が忘れずに受け継ぎ伝えて行かなければいけないということなんだろうな。

 映画が出来た時は、歴史の証言者ズィケル氏は存命だったようだが(本作品も鑑賞したそうだ)、日本語の字幕で2015年に亡くなられたことが最後に紹介される。ズィケル氏の被験の歴史は幸いにも映画を通して継承されたが、歴史の実体験の継承の難しさを改めて思わされる意味ある字幕だった。

 そして、ラストシーン。ゲゲン先生は新学期を迎えて新しい問題児たちを前にして教壇に立つ。 こうしてまた歴史は継承されてゆく。
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