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マンチェスター・バイ・ザ・シーのnetfilmsのレビュー・感想・評価

4.4
 荒涼とした空と雪に覆われた閉鎖的な田舎街・・・マンチェスター・バイ・ザ・シーという街は、OASISやSTONE ROSESを輩出したイギリスの街でも、アメリカのニュー・ハンプシャー州にある有名な地名でもない。ボストンから車で1時間ほど行った所にある小さな港街である。ボストンの富裕層たちが避暑地として涼しい夏を過ごす一大リゾート地として知られているが、普段街で過ごす人々は大抵ブルー・カラーに他ならない。今作にはそんなマンチェスター・バイ・ザ・シーの印象的な冬の景色がオープニングとラストを彩る。冒頭、ボストンの海に出航した船は青々としているものの、一転して雪深き街のしんしんとした冷たさを表現した雪かきシーンで映画は始まる。リー・チャンドラー(ケイシー・アフレック)は4棟のアパートの管理を任されている。その仕事ぶりは確かに堅実だが、決定的に愛想が無い。ハンサムな顔立ちに不似合いな堅実な仕事ぶりは、任されたアパートの住人たちが放っておかないものだが、彼自身の心が他人との交流を拒絶している。便利屋組合のボスは、円滑なコミュニケーションが取れないリーの姿に苛立つが、安らげるはずの酒場にも彼の居場所はどこにもない。映画は1本の電話から、生まれ故郷であるボストンへ帰ることになった主人公リー・チャンドラーを描き出す。その様子はケネス・ロナーガンの処女作『ユー・キャン・カウント・オン・ミー』において、オーランドからケンタッキー州スコッツビルへ戻ったテリー(マーク・ラファロ)の姿と同工異曲の様相を呈す。

 ケネス・ロナーガンの映画ではいつも、市井の人々がとんでもない秘密(過ちと代償)を背負っている。『ユー・キャン・カウント・オン・ミー』ではフロリダで無実の罪で刑務所に入れられていた男は両親の死と前科者という宿命を同時に背負い、続く『マーガレット』では普通の女子高生だった少女がある日突然、交通事故の加害者になる。何の変哲も無い普通の人々が背負うことになる重い十字架は今作でもケネス・ロナーガン特有の「痛み」を決定付ける。『ユー・キャン・カウント・オン・ミー』のルディ(ロリー・カルキン)とテリーは、今作におけるパトリック・チャンドラー(ルーカス・ヘッジズ )とリーの関係性にトレースされるように、愛情を喪失した思春期の息子は、思いがけない代父との間で揺れ動く。『ユー・キャン・カウント・オン・ミー』の姉弟の葛藤は今作では兄弟の葛藤を経て、兄の息子パトリックへと向かう。チャンドラー家の両親は、共に病死したことが明かされるものの、リーは両親の死とは違うトラウマのせいで曇り空が印象的なボストンの街を出る。『ユー・キャン・カウント・オン・ミー』においては、自殺未遂を引き起こした最愛の恋人を励ましながらそれでもなお弟は姉とその子供のために尽くしたが、今作でもリーはボストンの街と一度は絶縁しながらも、そこから僅か1時間ほどの距離にあるマンチェスター・バイ・ザ・シーでひっそりと暮らしていた。そこに見えるのは未練の感情に他ならない。

 自暴自棄になった男の心は優しかった兄のジョー(カイル・チャンドラー)を思い浮かべながら、さりげなくもしっかりと代父(後見人)になろうとする。その愚直なまでの男同士の心の通い合いをケネス・ロナーガンは繊細な筆致で紡ぐ。パトリックが冷凍庫から飛び出した生肉をしまう場面の素晴らしさは、2010年代を代表する名場面に違いない。ケネス・ロナーガンの映画ではいつだって大それたヒーローやヒロインは登場せず、徹底して地味な俳優の演技に特化したアンサンブルで物語を紡いで行く。かつて愛し合ったランディ(ミシェル・ウィリアムズ )とはある事件を境にすれ違う。女はその忌々しい事件を背負いながらも前に向かい歩くが、男は元いた幸せな場所に停滞し、なかなか一歩踏み出せないまま殻に閉じこもる。回想場面の入り組んだ構造はこれまでのケネス・ロナーガン作品よりも遥かに敷居は高いものの、登場人物たちの感情のぶつかり合いはこれまでのケネス・ロナーガン作品以上に胸に迫る。どこでだって暮らせるじゃないかと甥っ子に言われたリーの焦燥感はイケイケの子供には到底理解出来ないものだが、亡き母の名前を冠した船をリーは何とか守ろうとする。『ユー・キャン・カウント・オン・ミー』同様に振り出しに戻っただけに見える物語は然し乍ら、登場人物たちの感情を優しく刺激し、1歩前に進むための道を作る。リーとジョー、パトリックの三角関係も見ものだが、ウェス・アンダーソンの2012年作『ムーンライズ・キングダム』においてヒロインを演じたカーラ・ヘイワードのすっかり大人びた佇まいにも心打たれた。ケネス・ロナーガン組の皆勤賞となった終盤のマシュー・ブロデリックの登場も効いている。PTAが絶賛した『ユー・キャン・カウント・オン・ミー』から16年、16年間に3作という寡作ながら、ケネス・ロナーガンの映画はいつだってアメリカの市井の人々の生活を代弁する。その市井の人々への眼差しの確かさに思わず涙腺が緩む傑作である。
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