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都会の放浪者のnetfilmsのレビュー・感想・評価

都会の放浪者(1966年製作の映画)
3.3
 生きる希望を失った男が、ミュンヘンの街をひたすら彷徨い歩く。ただそれだけのことなのにその後のファスビンダーの端緒が詰まった66年の処女短編。冒頭、暗い顔をした男が風除けに囲まれた路面電車の停留所の中で瓶の酒を呑んでいる。続く場面では煙草の屑カゴに座りながら、煙をふかしている。男の表情からは深い絶望と焦燥感が伝わって来る。大戦から20年が経過した当時のミュンヘンの街並み、路面電車は幹線道路を走り、びっしりと建てられた高層ビルやビルボードからは大戦後、順調にドイツ経済が回復したように見えるが、当のこの若者の表情はどこまでも冴えない。大都会の荒波の中で彷徨い続ける主人公の姿・視線は当時のファスビンダーや彼だけに限らず、多くの若者たちを代弁する光景ではないか。

男はその延々と続く彷徨の中で、やがて道端に落ちていた1丁のピストルを手にする。自分の人生を絶つのには願ってもない凶器を手にした男は周りを確認しながら、そっとカバンの奥にピストルを忍ばせる。あとはいつ引き金を引くかだけである。ところが勇気のない男は一向に引き金を引こうとしない。この優柔不断な男の生死を賭けた物語がエリック・ロメールの伝説的処女作『獅子座』をモチーフとしているのは言うまでもない。『獅子座』では膨大な遺産が舞い込むと信じた男が借金をしてパーティを開いた翌日、遺産が全て従兄弟に渡ったことを知ることになる。すっかり打ちのめされ、文無しで頼る人間もいなくなった男はやがてパリの街をわけもなく彷徨う。今作でも主人公の絶望の理由は明示されないものの、死にたくなるような出来事の後にピストルを拾ったことで彼の運命が徐々に変化していく。殺風景な公園のベンチ、汚い公衆トイレ、彼は何度も自分自身に引き金を引くのか問いかけるが、その度に来訪者の邪魔が入りダメになる。トイレに入って来たのは監督であるファスビンダー本人である。中盤の無常観漂うオペラ歌曲の使用は当初から演劇と映画の両立を試みたファスビンダーの表現の探求に他ならない。

第二次世界大戦が終結した歳に生まれたファスビンダーは、66年にまず8mm映画『This Night』を撮った後、8mmから16mにステップ・アップして今作を撮る。これは高校を中退し、演劇学校に入学したファスビンダーが66年に創設されたベルリン映画アカデミーの第1期生に受験するために撮った作品である。だが幸か不幸かその受験には失敗し、彼は地下演劇に戻り、翌年「アクションテアター」に入団する。当時アカデミーの教授たちはこの映画を非道徳的であるとし、若者の自殺を扱う作品を受験用に寄こすとは何事だと大いに激怒したという逸話が残っている。この時の深い挫折が『愛は死より冷酷』で劇映画デビューを果たすまで、ファスビンダーに2年もの迂回をもたらすこととなる。その作風からは後の才能の爆発へのきっかけを見ることはないものの、鬱屈した当時のファスビンダーの心情、政治との関わり合いと映像表現の可能性を模索した初期衝動の塊のような短編であり、暴走寸前の若者を描いた実にストレートな作品である。
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