砂場

バービーの砂場のレビュー・感想・評価

バービー(2023年製作の映画)
4.0
前作グレタ・ガーウィグの『若草物語』に続く、アメリカ政治思想見つめ直し作品だと思った。
スピルバーグ『リンカーン』とセットで考えてみるべき映画かもしれない。以下長文で申し訳ないですがレビューします(ネタバレなし)

マーゴットのポップでカラフルな映像の魅力や音楽のノリ、各種パロディなどはいろいろ言われているのでそちらを参照いただくとして、ここでは「憲法思想」を軸にレビューしたい。

⭐️フェミニズム?

本作は冒頭のパロディから分かる通り、昔は男性優位社会の中で子育てや家事労働に従事させられていた女性が一人の人間として尊厳を取り戻すという思想が貫かれている。
それはフェミニズムと言っても差し支えないと思うが、ガーウィグは女性優位/男性劣位という社会についてもディストピア的に描いており、男性に対し攻撃的なフェミニズムについても批判的に描いている。要するに女性も男性もあらゆる人種も含め個人の尊厳を認め、包摂する多様性を認める社会、それこそが理想だよね、、という主張である。
このこと自体は全く同意するのであるが、面白いのはそれを支える社会基盤が「憲法」である点である。
本作は「憲法」を巡っての男女間の争いがストーリーを貫いている。ここまで何度も「憲法改正」バトル描写するということはガーウィグ監督の中で人権や人間の尊厳と「憲法」は切り離せないという考えがあるとみて間違いないであろう。
フェミニズム的な映画は数多くあるが、ここまで「憲法」にこだわる作品は自分の記憶にはない。

⭐️アメリカの英雄の二つの型

アメリカには2つの英雄の型がある。
⚫️法律を無視して自分の正義を貫くタイプ、アウトロー型(『狼よさらば』『ダーティーハリー』等)
⚫️法律を守ることが正義であるタイプ、法治型(『アラバマ物語』の弁護士アティカス、『リンカーン』等)
*ただ『アラバマ物語』は作品としてはラストでアウトローな皮肉な解決をしている
この型で考えると今回のバービー(マーゴット・ロビー)は差し当たって法治型といえよう。

ところで個人的にはスピルバーグ監督がこの法治型の思想を強く持っていると思う。奴隷制解放のため憲法を改正した『リンカーン』、弁護士がヒーローである『ブリッジ・オブ・スパイ』、憲法修正第1条(報道の自由)を守る『ペンタゴンペーパーズ』
『ブリッジ・オブ・スパイ』のジェームズ(トム・ハンクス)のセリフがまさにスピルバーグの思想を表していると言える。

「あなたはドイツ系、私はアイリッシュ、憲法、それだけが我々を米国人にしているのだ」

スピルバーグは激烈なトランプ批判をする一方で、憲法に基づく良きアメリカを信じている。
スピルバーグ監督といえば、グレタ・ガーウィグの『レディ・バード』を高く評価し、『若草物語』ではフィルムで撮影するようにと助言をしている。今回『バービー』がスピルバーグ、特に『リンカーン』の影響を受けているのではないかと思ったが、背景にはそんな交流もあったのかもしれない。

⭐️新自由主義とスピルバーグ

個人的には、憲法のもとで個人が人権を保障され自己決定権を持つという思想は社会正義にとって重要なものだけど、一方で新自由主義との親和性があることにも注意を向ける必要があると考えている。
これはリンカーン大統領が人権こそ重視したが、憲法改正後自由を得た黒人への所得保障などについては冷淡であったことからも垣間見ることができる。新自由主義的な政治思想にとって社会保障のような「大きな政府」型社会主義的政策は受け入れられないだろう。
これは、女性の人権を勝ち取る運動であるフェミニズムについても言える。批評理論のナンシー・フレイザーは、フェミニズムと新自由主義の親和性を指摘している。また新自由主義的に批判的なフェミニストでさえも、男性優位社会をぶっ壊し女性の「自己決定権」を奪還するためには、ネオリベ的新自由主義の流れが効果的であったというような、「毒をもって毒を制す」理論も展開されている。

このことを考えると、法治的人権派スピルバーグがフェミニズムに賛同していることについて新自由主義との親和性の危うさが潜在的にあるのではないかと指摘することもあながち間違いではなさそうである。

⭐️ではガーウィグ監督はどうであろうか

今作ではスピルバーグから憲法思想の影響を受けているとは思うが、一方で全体のトーンがブラックユーモアであり全方位的に毒を吐いているようにも見える。
『ゴッド・ファーザー』を解説するうざい男性、まさにマンスプレイニング的な主題である。『ゴッドファーザー』と言えばスピルバーグに監督になるのを諦めたと言わしめた作品であることは言うまでもない。
これはガーウィグ監督が、スピルバーグさん、偉大なあなたを尊敬するけどもウザい説教はやめてね、、、と言っているようにも思われる。
男性優位の世界を変えるには、新自由主義という毒が有効であったというフェミニストの「毒をもって毒を制す」理論ではないが、ガーウィグ監督にとって女性の人権を確立するには、スピルバーグという偉大な毒を必要としたのかもしれない。

あれこれ長々とすみませんが、この映画は個人的には大変考えさせられる良い作品であったと思う。ただ「憲法」という法治的な主題がベースであり、スッキリ感のあるエンタメになるかというと難しいと思うのでそんなにヒットしないかもしれない。
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